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パートナー・コラボレーションの革新 – 緊密な関係を創ったイケア、パタゴニアの革新

ソーシャル・クラウドの祭典Dreamforce 2012の本質 vol.1

ソーシャルシフトの三基軸。 社員、顧客、パートナーとのつながりによる優位性を求めて

パートナー・コラボレーションの革新その1

企業間信頼が取引コストを低減する

グローバル化、スピード化、複雑化する競争環境の中で、他社を圧倒するイノベーションの実現は日々困難になっている。IBM調査において自社単独で イノベーションを実行できると考えているCEO はわずか4% に過ぎず、多くの企業が外部パートナーとの戦略的連携を目論むようになってきた。パートナーとのコラボレーションは、同業種が提携して規模の経済を企てる 「水平統合」と、小売業、卸売業、製造業、物流業といった企業群が提携して価値創造の最適化を狙う「垂直統合」の二つに分類される。水平統合は比較的シン プルで、買収や資本提携により促進されることが多いが、これから特に注目されるのは、垂直統合による価値創造の全体最適化だろう。

コンビニ、宅急便、ビデオレンタル、文房具の通販サービス、製販統合型アパレル業(SPA)などは、それぞれの業界を席巻した企業間協業によるイノ ベーションだ。例えばコンビニは「生活必需品をいつでもどこでも手に入れたいという生活者の需要が基点となったサービスモデルだ。その実現には極めて多数 の小規模店舗を広域に展開する必要があり、そこから個人でも始められるフランチャイズ方式が採用された。また狭い店舗を有効活用するためには商品回転率が 鍵を握る。そのためにPOSを導入し、売れ筋を絞り込んで速やかに商品を補充する物流能力を高めた。この生命線を支えるために、コンビニ事業者は製造業や 卸売業、物流業と緊密に連携し、業界を超えた垂直統合の情報システムを構築していく。最大手セブン-イレブンは、1980年には約40万円だった店舗あた りの一日の売上を約60万円まで引き上げて、他の大手コンビニエンスストアと約10万円の差をつけたと言われている。これこそ、垂直型の企業間統合、サプライチェーン統合によるビジネスシステムの威力と言えるだろう。

垂直統合による戦略提携には、コンビニ産業のように小売業が主導するタイプと、自動車産業や化粧品産業のように製造業が主導するタイプがある。いず れもモノの流れと情報の流れをバリューチェーン全体で最適化する必要があり、企業間の緊密な連携が成否の鍵をにぎる。そこでは、経済的な合理性や戦略的な 整合性のみならず、ブランド哲学や社内風土といった文化的相性も十分に考慮されるべきだ。企業間の信頼関係をどう醸成していくか、緊密な提携を実現するた めに大切なポイントとなるだろう。

信頼関係は、経済的に見ても双方の取引コストを下げるために重要だ。政治学者ロバート・パットナムは、イタリアの北部と南部での統治効果の調査を通 じて、ソーシャル・キャピタル (社会関係資本) の重要性を説いた。ソーシャル・キャピタルとは「人々の協調行動を活発にすることによって、社会の効率性を高めることのできる信頼、規範、ネットワークと いった社会的仕組みの特徴」を指している。世界銀行のステファン・ナックとフィリップ・キーファーは、29ヶ国におよぶアンケート調査において、各国の 1980 年から 1992 年にかけての経済成長と対人信頼度に正の相関があることを発見した。信頼関係は、双方の監視コストや訴訟コストを軽減するのみならず、取引に関与している 社員の意欲も引き出す効果がある。それらが要因となり、経済的なコストを下げ、業務の効率を高めるのだ。

これまでのサプライチェーン理論においては、物流と情報の全体最適化という物理的側面に焦点があてられていたが、実際に企業を構成しているのは人間 であり、企業間提携には経営者同士の信頼関係、現場社員同士の信頼関係が欠かせない。社員間のコミュニケーション、コラボレーションを促進するために、バ リューチェーン間でクローズされたソーシャルメディアの活用も注目されるだろう。この節では、パートナーとの緊密な提携を通じてイノベーションを創り出し ている企業の事例としてイケアとパタゴニアを、また対象を顧客や外部技術者にまで広げて価値を創造する事例としてP&Gをとりあげ、それぞれの エッセンスを概観してみたい。

世界を超えて家族的に繋がるパートナーとのコラボレーション ~ イケア・インターナショナル

1943年に創業されたイケアは、世界44の国と地域にサービスを展開する、スウェーデンが誇る世界トップの家具小売企業だ。地域の生活者の好みに あわせて絞り込んだ品揃え、世界各地のサプライヤーとの提携、大型店舗の郊外立地など、独自性の強い戦略が堅実な成長を支えてきた。販売するのは、エレガ ントでありながらシンプルな特徴を持つ組み立て式の家具だ。イケアは販売対象を「出費を浮かせるためなら多少の作業は自分でするという顧客層に絞り込み、 そのニーズを実現するためのローコスト施策を複合的に組み合わせている。例えば、広い郊外の駐車場つき大型店舗は顧客の商品持ち帰りによる配達コストの削 減を、箱詰めの商品パッケージは運送や保管、組み立てコストの削減を、製品ラインの標準化はサプライヤーとの取引コストの削減を実現する。これらの要素が 相互に連携し、イケアにコストと価格の低減による優位性をもたらしているのだ。

草創期、イケアの急成長を恐れたスウェーデンの競合他社は、家具メーカーに同社との取引を中止するよう圧力をかけたため、イケアに経営危機が訪れ た。その時、同社がとった手段は、海外のサプライヤーと緊密な提携関係を結ぶことだった。時間をかけて、材料から設計、生産、さらにはコストとの利幅まで コントロールする提携体制を確立し、逆にそれが競争優位を生み出す切り札となったのだ。今や、同社は世界53ヶ国、1000社を超えるサプライヤーと提携 しており、それが「イケアらしい」シンプルで良質な家具をロープライスで提供するための秘密兵器となっている。

イケアでは、単発的な取引の最大化を図るのではなく、パートナーと長期にわたる緊密なウィン=ウィン関係を追求している。特に景気低迷時にも信頼関 係を持って支えあうために、誠実でオープンな態度、そして迅速な対応と厚遇を怠らない。例えば同社は、業界慣例(3-4ヶ月の支払いサイトと3%の割引な ど)を覆し、10日以内という支払い条件を提示した。またサプライヤーがイケアの水準を満たす製品を生産するための投資や訓練も惜しまずに提供した。パー トナーに対して金融機関や教育機関のサービスまで提供し、強固な信頼関係を築いていったのだ。この考え方は顧客に対しても同様だ。大口得意先のために専用 の工場と物流インフラを構築するなど、顧客との関係性を築くために大胆に投資することを厭わない。同社の株式は非公開で、同族によるミッション経営を遵守 していることもその一因だろう。

イケアの創業者であるイングバル・カンプラードは『Leading By Design: The IKEA Story』にて「良い資本主義」を追求していく志を述べている。「イケアは、他社を倒そうとは考えず、ともに発展していきたかった。(中略) 後進国の工場に乗り込んで全てを買い占めて、さっさと引き揚げるような資本主義者たちは唾棄すべき存在だと思っている。そこで引き揚げないのが私たちのや り方だ。つまり関係を築きあげて、こちらの知識を与え、長期契約を結び、納期と品質と環境保護の重要性を伝える。私たちはポーランド、ユーゴスラビア、ハ ンガリー、チェコでそうしたし、台湾、タイ、ベトナム、中国でもそうしようとしている」。

カンプラードは、マネージャークラスの社員を頻繁に自宅での夕食に招き、彼らの声に耳を傾ける。「この会社は家で、社員は家族だ。会社を良くするた めに意見を言うことは、社員の権利ではなく義務だ」というのが彼の哲学だ。同社では彼の「家具会社の心得」の精神が隅々にまで浸透する。「連帯感と情熱」 をキーとして「イケア主義と官僚主義」「失敗への不安」「やり方を変えるということ」「仲間意識と熱意」「シンプルさ」といったイケア・ウェイが詰まって おり、同社独特の社風を形成するための礎の役割を担う。80才を超えた今でも週に数店舗を見てまわるというカンプラードは、ブランドの体現者として「イケ アのコンセプト」を今に伝える役割を果たしている。

使命を共有する厳選されたパートナーとのコラボレーション ~ パタゴニア

1965年に創業されたパタゴニアはさまざまなアウトドア用品やスポーツ用品を扱うメーカーで、世界で最も理念を大切にする企業の一社と言えるだろ う。創業者イヴォン・シュイナードは自身の著書『社員をサーフィンに行かせよう』において、その独特の経営哲学を披露している。実際にパタゴニアはサー フィンができる海岸に近い場所にオフィスを置き、社員は良い波が来たらいつでもサーフィンに行ってよいのだ。サーフィンは一つの例だが、この考え方こそ同 社が社員を信じ、社員に対して性善説で接している姿勢のあらわれと言えるだろう。 同社は理念を規則ではなく指針としており、社内のあらゆる部門、すべてのスタッフに浸透させている。その目的は、社員がボスの命令ではなく理念に従って正 しい判断ができるようにすることだ。絶え間なく変化する経済環境の中で、理念こそただ一つの頼りにできる道標だとシュイナードは考えている。

製品デザインの理念は「最高の製品を創り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑えること」だ。大ヒットした同社製の金属製登山用具が、実は美し い岩壁を傷つけはじめたことを知ったシュイナードは、鋼のピトンの製造を中止して、ハンマーを使わずに岩に押し込んだり抜いたりできるアルミのチョック (くさび)を開発する。衣類の材料である綿畑の生産所から汚染水が出ていることを知った彼は、コストの高い有機栽培による綿花に切り替えた。環境保護への 想いも一途だが、製品品質への妥協も一切ない。環境に優しい世界最高の商品を創ることに徹底的にこだわっているのだ。

そんな彼らの製造に対する理念は「製造工程に関わるパートナーと長期的な信頼関係を築くこと」だ。パタゴニアは紡績工場も縫製工場も持っていない。 最高の製品を生産するためには、パートナーとの相互献身を実現する必要があり、それに対して多大なるエネルギーを費やしている。一般的な企業ではリスク分 散のために特定企業への依存を避ける傾向にあるが、パタゴニアの場合は逆だ。厳選したパートナーと長期的な信頼関係を築く方針をとっている。パートナーと の意思疎通は自社部門内と同じぐらい緊密に行う。提携責任者となる社員はあらゆる面でパタゴニアの代表となり、製品の品質基準、環境的および社会的な懸念 事項、ビジネス倫理、さらにはアウトドア企業としてのイメージまでパートナーと徹底的に共有する。同社にとってパートナーはエコシステムの一部であり、階 層の上下や社内外の区別なく、参加している誰しもが、エコシステム全体の健全性に重要な役割を担っているのだ。

パートナーとの長期的な関係性を構築するために、経営者と社員の労使関係の健全性も提携先選定の重要な基準としている。提携前には工場社員と直接面 談し、また地域住民から工場の雇用歴が望ましいかどうかまで確かめるという。同社は公正労働協会の一員でさまざまな人事ノウハウをもつが、必要に応じて パートナーの人事労務管理責任者にも積極的に提供する。エコシステムに関係するすべての人々にパタゴニアの理念が浸透し、製品のサプライチェーンが一体化 して作用するよう、常に最善の努力をしているのだ。

彼らがビジネスにおいて最も大切にしている使命は「地球を守ること」、それを売上や利益を含むすべてのことに優先させている。本社オフィスは築 100年にもなる産業用建物を改装した。木々に囲まれ、部屋は古い堅木で内装され、剥き出しの梁からシダがぶら下がる。水平線に浮かぶチャネル諸島が窓か らのぞき、オフィス内の託児施設から子供の笑い声が聴こえる。「もし三年で株式公開してお金に換え、どっかに行ってしまうつもりなら、こんなものは創らな いですよね。実際、私たちはまさにこの会社が、今から100年後もここに存在するように行動しているんですよ」。創業者であるシュイナードの言葉は、いつ でも揺らぐことがない。

Toru Saito 株式会社ループス・コミュニケーションズ代表

1985年4月慶應義塾大学理工学部卒業後、日本IBM株式会社入社。 1991年2月株式会社フレックスファームを創業、2004年4月全株式を売却。 2005年7月株式会社ループス・コミュニケーションズを創業。 現在、ループスはソーシャルメディアのビジネス活用に関するコンサルティング事業を幅広く展開している。「ソーシャルシフト」「新ソーシャルメディア完全読本」「ソーシャルメディア・ダイナミクス」「Twitterマーケティング」「Webコミュニティで一番大切なこと」「SNSビジネスガイド」など著書多数。講演も年間100回ほどこなしている。

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