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ビッグデータ活用の本質とその進め方 ~城崎温泉の事例にみるデータ活用のポイント~

ビッグデータ活用の本質とその進め方 ~城崎温泉の事例にみるデータ活用のポイント~

ビッグデータ活用がイノベーションを生む鍵の一つと期待されている。 クラウドを利用して大量のデータを収集、 その分析によりビジネスにとって価値ある情報を得る。 このとき重要になるのが人材や組織づくりに関わる マネジメントの役割である。 ビッグデータ活用のためにマネジメントは何をすべきなのか、 考え方、取り組み方、プロセスを5回にわたって解説します。

ビッグデータ活用の本質とその進め方

(1)ビッグデータ活用の本質 -城崎温泉で起こったこと-

前回は ビッグデータ活用があらゆる業種、業務に拡がっており、産業・社会に大きなインパクトを与えつつあること、そして、これを成功させるには、手間のかかるシ ステムの「所有」からクラウドというサービスの「利用」に切り替え、組織のリソースをデータ活用に集中した方が良いという話をしました。

でも、ビッグデータ活用の重要性を総論としては理解できても、自分には関係のない話だと思っておられる方も多いのではないでしょうか。そうではない のだ、ということを分かっていただくため、城崎温泉の事例を紹介しましょう。ちなみにこの例は、ビッグデータと呼ぶほどのデータ量はありませんが、データ 活用という意味では大変示唆に富むものです*1。

図1:城崎温泉観光協会ホームページ

城崎温泉は兵庫県北部にあります。7か所ある外湯が有名で、宿に泊まって温泉めぐりを楽しむ観光地です。ちょっと昔は普通の温泉街でした。でも今は 違います。図1に示すように、ホームページを見てもらうと分かりますが、沢山のイベントが行われています。この温泉街をより楽しく、観光客に身近なものに しようとする意欲が伝わってきます。

ここでは、携帯電話やスマートフォンに入っているICカード機能を利用し、「ゆめぱ」というデジタル外湯券を発行し、集めたデータを街の活性化に活 用する取組みを始めました。サポートしたのは、独立行政法人産業技術総合研究所です。宿泊客が旅館にチェックインする際、携帯電話やスマートフォンを登録 すると財布代わりに使えるシステムになっているため、現金を持たずに温泉めぐりができ、土産物店などで買い物もできます。

プライバシーを守るため個人を特定できないよう配慮してありますが、観光客の利用履歴を蓄積すると、その動きを定量的にパターンとして分析すること ができます。回遊している観光客の数、グループ構成、滞留・経路分析なども時間ごとに把握できます。現地の関係者は経験的に、何時頃に観光客が多いか、人 の組み合わせは親子連れが多いのか、男女ペアが多いのか、また、どこの外湯が一番人気なのかなどを知っていますが、それを定量化して把握することができる のです。

(2)ポイントは「定量化」と意思決定の迅速化

城崎温泉のデータ活用のポイントは「定量化」と意思決定の迅速化です。蓄積したデータを分析することで、観光客の動線がわかるだけでなく、イベント や広告宣伝の効果を数値化し、客観的に把握することができます。さらにデータを長期間蓄積することでトレンド変化がわかります。客観的なデータに基づき、 効果の高い施策を実施したり、温泉街の街づくりやサービス、広報のやり方などを改善することができるのです。実際、花火など観光客が立ち止まって楽しむイ ベントよりも、灯篭流しなど観光客が街を歩くイベントのほうがお店の売上増に貢献することがわかったそうです。

また、客観的な数字に基づく情報の提示は、意思決定のプロセスを迅速化します。さらに良い結果を得るため、皆が工夫をするようになります。説得力の ある数字は人の心を変える大きな力を持っているのです。このような形で、城崎温泉ではデータ活用により温泉街を活性化するというイノベーションが静かに、 しかし着実に進行中なのです。

(3)まずは課題を踏まえた目的の明確化を

城崎温泉の例で示したように、データ活用の理想的な形態は、それにより会社の活動状況が客観的な数字で把握でき、それにより社員の意識や行動が変わり、会社の目的や理念の効果的な実現につながり、利益という結果が伴うことです。 しかし、最初からそこまで見通してデータ活用ができるケースはまれです。完璧を期してスタートが遅れるより、まずは始めることが重要です。そしてその始め方も大切なのです。

最近、「ビッグデータがあるのですが、これを活用できないでしょうか」という相談が結構あります。このような時には、ビッグデータのことより会社の 課題を伺うことにしています。相談する方にとって、ビッグデータ活用が最終目的ではないからです。マーケティングの精度向上、リスクの早期把握・管理の高 度化、保守・運用の付加価値向上など、会社として実現したい本来の目的があります。目的からブレイクダウンしていくと、行うべきビッグデータ活用が見えて くる場合があります。

図2:ヒット商品の事前予知の例(食べるラー油)

例えば、POSデータなど商品の売上データを持っているが、会社としてはヒット商品を事前に予測し、品切れによる売り逃しを避けることが課題の場合 があるでしょう。でも、POSデータは売上の事後データです。既存商品の売上予測には有用なデータですが、これで新商品がどれくらい売れるかを事前に予測 することは難しいのも事実です。このような場合には、図2のように利用者のクチコミやテレビの放映回数データなどと掛け合わせて分析する手があります。テ レビの放映に伴いクチコミが増え、その数週間後に売上が増えるパターンなので、事例の蓄積を積み重ねることによりクチコミなどのデータから新商品の売上を 精度良く予測することができるようになるでしょう。

図3:ビッグデータの活用手順

この事例で分かるように、ビッグデータ活用でまず必要なのは「目的の明確化」です。ビッグデータを活用する目的を明確にした上で、図3に示すようにデータの活用方針を策定し、必要なデータを収集・集積し、それらを分析・活用するサイクルを回すのです。

この時に重要なのが、データ分析の結果を用いて意思決定し、それを業務に活用する部門の参画です。また、会社全体の意思決定や重要な意思決定に関わ るデータ活用に関しては、マネジメントが関わることも必須です。業務に活用する部門や時にはマネジメントが参画した場において、「何のためにビッグデータ 活用を行うのか」を検討することが必要なのです。

(4)求められるマネジメントの積極的な関わり

目的の明確化と同じくらい重要なのは、マネジメントが関わりマネジメント上の課題解決につながったのかどうかを検証することです。このため、活用効果の検証においては、

  • (1)→製品やサービスの価値につながったか
  • (2)→新しいビジネスモデルの創造につながったか
  • (3)→意思決定プロセスの変革を含むビジネスプロセスの変革につながったか

といった経営戦略に直結する事項を検証すべきです。

城崎温泉の例でいうと、(1)はデータ活用が温泉街の価値につながったかどうかという話です。さまざまなイベントが、温泉街に観光客を引き付ける誘 引になっていることは間違いありません。しかもイベントの効果も定量的に把握できるので、効果の高いイベントを実施することにより温泉街にメリットをもた らします。温泉街の価値につながっているものと考えられます。

しかし、これらは温泉街の価値の一部です。観光客にとっての本来の価値は、温泉街で日常の暮らしから離れ、美味しいものを食べてリラックスできたか とか、想い出に残る体験をしたかなど、人によってさまざまのはずです。これは「ゆめぱ」では把握できません。これを把握するには、別のビッグデータ活用が 必要です。例えば、利用者のクチコミや「いいね!」ボタンのクリック数などの分析です。価値の評価には、さまざまなデータを活用することが必要です。ま た、評価すべき価値として忘れてはいけないのは、おもてなしや料理、イベントなど観光客が本来求めているサービスの価値です。データ活用の役割は、その評 価を客観的な数字で行うことです。サービスを改善し、温泉街の価値を高めていくのは温泉街のマネジメントの仕事なのです。

(2)の新しいビジネスモデルの創造についてはどうでしょうか。さまざまなイベントを実施したり、ホームページを充実し、女性客を呼び込む試みは、 他の温泉街でも実施していますが、その充実度を考えると城崎温泉は進んでいます。データ活用でイベントなどの効果を実感し、それが充実につながっているの でしょう。新しいビジネスモデルの創造とまでは行きませんが、ビジネスモデルの改善は着実に進展していると感じます。

(3)の意思決定プロセスの変革を含むビジネスプロセスの変革についてはどうでしょうか。これは外部の者にはなかなか分からない事項ですが、データ 活用のような新しい取り組みは若手中心に進むものです。城崎温泉観光協会のホームページを見ると「城崎温泉 若旦那の会」があり、ブログやツイッターで情報発信を行っています。『今年の1月から、何度も会議、試食を重ね、やっと完成しました!!但馬の旨いものを 詰め込んだ、城崎温泉の若旦那監修のお弁当…但馬牛三昧弁当です』などの書き込みがあり*2、若手が力を合わせて温泉街の魅力アップに奔走している様 子が伝わってきます。若手が積極的に動いている組織では、時代にあった変革が進みます。若手パワーの活用はビジネスプロセスの変革に重要な役割を果たすの です。

城崎温泉を例にとり、ビッグデータ活用の本質とその進め方について述べてきましたが、重要なのは継続する力です。ビッグデータ活用では、データ分析 の信頼度や消費者の反応など、やってみて初めて分かることがあります。サイクルを何回か回すうちに、組織全体がビッグデータに慣れ、その活用に熱心な人が 増えます。データに基づくマネジメントが定着してくると、意思決定のスピードが速くなり、組織のパフォーマンス自体も着実に良くなります。これがビッグ データ活用に成功した場合の状況です。

世の中の多くの企業がビッグデータ活用に注目しています。既にこの優劣が、企業競争力の差につながる例も出ています。現代のマネジメントは、ビッグデータ活用を常に課題解決や経営戦略の一環として考えなければなりません。

ビッグデータ活用は、「すぐには利益に貢献しないが、データ集積が進み、その活用に関するノウハウが蓄積されてくると、次第に効果が顕在化し、収益 に貢献する」ことが多いように感じます。逆にビッグデータ活用に関し、ライバル企業に後れをとった場合は、ライバル企業に追いつくことが困難で、市場から の退出を求められる可能性が高くなる危険性もあります。ビッグデータ活用は、ハイリターンとノーリターンが紙一重の一筋縄ではいかない代物なのです。

Vol.3につづく。続きはこちら

(参考文献)

  • *1 稲田修一著,”ビッグデータがビジネスを変える”アスキー新書,2012年.
  • *2 城崎温泉観光協会ホームページ http://www.kinosaki-spa.gr.jp/

Shuichi Inada  東京大学先端科学技術研究センター 特任教授 

1954年、福岡県生まれ。九州大学大学院工学研究科修士課程修了(情報工学専攻)、米国コロラド大学大学院修士課程修了(経済学専攻)。 1979年、郵政省(現:総務省)入省。以来、モバイル、ユビキタス、セキュリティ、情報流通など情報通信分野の政策立案や技術開発、標準化業務などに従事。大臣官房審議官を経て2012年に総務省を退官。 著書に「ビッグデータがビジネスを変える」(アスキー・メディアワークス)など。

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