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ビッグデータ活用でビジネスと経営のイノベーションを ~鍵となるのはユーザ起点の発想~

ビッグデータ活用の本質とその進め方 ~城崎温泉の事例にみるデータ活用のポイント~

ビッグデータ活用がイノベーションを生む鍵の一つと期待されている。 クラウドを利用して大量のデータを収集、 その分析によりビジネスにとって価値ある情報を得る。 このとき重要になるのが人材や組織づくりに関わる マネジメントの役割である。 ビッグデータ活用のためにマネジメントは何をすべきなのか、 考え方、取り組み方、プロセスを5回にわたって解説します。

ビッグデータ活用でビジネスと経営のイノベーションを

明けましておめでとうございます。連載を読んでいただき、ありがとうございます。いよいよこの連載も残り2回となりま した。連載の1回目は、ビッグデータ活用が大きなイノベーションをもたらしていること、2回目は、これが課題解決のツールであり、その活用にあたってはマ ネジメントの参画が重要であることを述べました。そして、前回は、 ビッグデータ活用でビジネスがどう変わるのか、この活用で価値がどう変わるのかについて述べました。今回は、イノベーションにおけるビッグデータ活用の役 割が何なのか、そしてその実現のためにマネジメントが何をすべきかについて述べます。さらに次の最終回では、新しい価値を生み出す人物像、彼らを活かすた めの組織作りやマネジメント手法について述べる予定です。

(1)発見型イノベーションが求められる時代に

イノベーションには、「改良型」と「発見型」があります。前者は、多くの場合、価値軸が明確で共有されています。例えば、自動車において、燃料の単 位容量あたりの走行距離が長いのが良くて、短いのが駄目、といったことです。また、既存の技術領域でベターな解を求めるアプローチであり、必要な知識・ス キルが連続的であることが多いのです。

一方、後者はこれと全く違います。多くの場合、製品やサービスにおいて既存の価値軸にはない、新しい価値の創造が必要です。また、その創造に必要な 知識・スキルが非連続であることが多く、見出された価値を組織として受け入れるまでに大きなエネルギーが必要ですし、マーケットでの失敗もつきものです。

現在、イノベーションに大きなトレンド変化が起きています。「改良型」から「発見型」への比重シフトです。従来は何を作ればいいかがある程度分かっ ていることが多く、いかに作るか(How)が重要だったのですが、今は何を作るか(What)を考えることが重要になっています。処理速度や伝送速度の高 速化など、分かりやすい目標があり、それをどう実現するかを考える時代から、ユーザに広く受け入れられる端末は何だろう、そのコンセプトやデザインは何だ ろうと、顧客にとっての価値を試行錯誤しながら探り当てる時代に変わったのです。

(2)ユーザ起点イノベーションが重要に

従来は新しい技術がイノベーションの源泉だったのですが、現在はそれに加え、技術の新しい活用領域の発見、新しい技術や製品を普及させる仕組みづく り、デザインやインタフェースといった幅広い領域がイノベーションの源泉になっています。そして、データ活用ももちろんその中に含まれるのです。

図1:求められるイノベーションの力点のシフト

経済産業省の「フロンティア人材研究会報告書」*1が、図1に示すように「ブロードバンド化、新興国の成長、デジタル化などのグローバルな環境変化 の影響で技術探求型イノベーションに加えて”ユーザ起点イノベーション”を重視することが求められている」旨の指摘を行っています。人や社会を起点とする イノベーションを推進するのは、世の中のトレンドです。米国や北欧などのイノベーション先進国は人間中心のイノベーションを推進していますし、実際のイノ ベーション例を見ても、ユーザ起点イノベーションが増えています。

例えば、ビッグデータ活用に有用なクラウド・サービスを提供しているセールスフォース・ジャパンもこれを実行して成長した会社です。イノベーティブな企業ランキングでイノベーション・プレミア順位第1位*2の企業である同社の起業のきっかけは、会長兼CEOのマーク・ベニオフ氏が「なぜ企業向けソフトウェア・アプリケーションは、昔からやってきたのと同じ方法で、いまだにソフトウェアをインストールし、アップデートしているんだろう」と疑問をもったことです。

ソフトウェアを「所有」していると、利用者はそのソフトウェアを自分で管理、運用しなければなりません。しかし、クラウド環境にあるソフトウェアを 「利用」するのであれば、利用者はわずらわしい管理、運用を他人に任せることができます。「所有」から「利用」への転換は、利用者に大きな価値をもたらす のです。急成長しているクラウドは、まさにユーザの使い勝手を良くするというユーザ起点のイノベーションだったのです。

これと同様の転換は、他のソフトウェア分野でも進んでいます。音楽コンテンツ、映画・放送番組などのビデオコンテンツ、ゲーム、セキュリティ、各種 アプリケーションなど、我々の身近な領域でもクラウド上にある最新のソフトウェアをいつでも、好きなだけ利用する自由が実現しています。ネット環境で使わ れるソフトウェアのトレンドは、「所有」ではなく「利用」なのです。これをいち早く発見し、実現する企業が成長するのです。

(3)イノベーションにおけるビッグデータ活用の役割

このようにイノベーションの性質が変化する流れの中で、ビッグデータ活用の役割は何なのでしょうか。ビッグデータはマーケットや社会のトレンド、 人・モノの状態などをダイナミックに把握するために活用されています。ビッグデータ活用でこれらを把握し、対応方法を考えること、それはまさにユーザ起点 のイノベーションを推進することなのです。連載の2回目で紹介した城崎温泉は観光客の動線を見て、温泉街のサービスやマネジメントを改善しています。連載 の3回目で紹介した建設機械大手のコマツはユーザ側における製品の使い方を見て、運用・保守サービスの高度化や効果的なマーケティングを推進しているので す。

特に、前回紹介した「モノのインターネット」は、ユーザ起点のイノベーションを推進する有力なツールと認識されており、「インダストリアル・インターネット」というコンセプトを掲げてこれを進める世界最大のコングロマリットであるGEの他、医療機器分野のシスメックスやフィリップス、世界最大手のタイヤメーカであるブリヂストンなど多くの企業がこの活用に乗り出しています。

グローバルな視点で見ると、日本企業発のイノベーションが少ない状況になっています。その大きな理由は、ユーザ起点のイノベーションを推進するマイ ンドの欠如とそれを実行できる人材の不足です。ビッグデータ活用がなかなか進まないのもまったく同じ理由からです。イノベーション関係の調べ物をしている と「イノベーションか、死か」という言葉が良く出てきます。イノベーションに成功した企業が生き残り、そうでない企業はマーケットから退出を余儀なくされ るという意味です。企業を取り巻く環境が急激に変化する中、技術探求型イノベーションに加えてユーザ起点イノベーションを強化し、その中でビッグデータ活 用を推進する。企業の生き残りのためにこのような取り組みが必要な時代になっているのです。

(4)イノベーションに必要なマネジメントとは

では、ビッグデータ活用のためにマネジメントは何をすれば良いのでしょう。日本人の多くはビッグデータ活用というと、それを近視眼的にとらえ、どう したらこの活用ができるのか、その具体的手法や方法論に終始する傾向があります。これは必要不可欠なプロセスですが、マネジメントの立場ではそれだけでは 駄目です。ツールとして使うのが目的ではなく、ビジネスモデルやビジネスプロセスのイノベーションに結びつけるのが本来の目的だからです。

ここで、イノベーション、それも「発見型」イノベーションをマネジメントの観点から改めて考えてみましょう。すると、二つの特徴が見えてきます。一 つは知識のスペシャリストによって行われる知識の創造活動ということです。もう一つは、ほとんどは失敗するということです。「発見型」イノベーションはリ スクの高い、不確実な活動なのです。ビッグデータ活用もこれと同様な側面を持っています。

日本企業の多くは、オペレーションとは大きく異なる特徴を持つ「発見型」イノベーションを、オペレーションと同じ枠組みでマネージすることが多いの ですが、そこに失敗の原因が潜んでいます。オペレーションのマネジメントの基本的な枠組みは、Plan(計画)⇒Do(実行)⇒Check(評 価)⇒Act(改善)のサイクルを回すことですが、「発見型」イノベーションでは、通常のオペレーションと同じレベルで計画を作成するのは困難です。トラ イアル&エラーを多々重ね、新しい価値が発見されるのです。また、それを評価するのにも高度なスキルを要します。初めから誰が見ても価値が分かるというも のではないのです。オペレーションとは違うマネジメントが必要なのです。

では、知識のスペシャリストによって行われる「知識の創造活動」には、どのようなマネジメントが望ましいのでしょうか。これについては次回に詳しく 述べますが、その基本は、新しい価値を生み出す能力を有する人物を見出し、彼らを生かす組織や風土を創り出し、対話を活用したマネジメントを行うことで す。イノベーションを活発に生み出すには、企業活動の1~2割をこのような活動に充てる必要があります。

(5)経営手法にもイノベーションを

ビッグデータ活用を推進するには、マネジメントがこの活用を積極的に行い、経営手法を変えていくことが必要です。企業活動に関連するデータを収集、 集積、分析し、これを経営の意思決定に役立てる、いわゆる「ビジネス・インテリジェンス」手法の検討は1960年代から始まり、1990年代の後半に米国 を中心にマネジメント層に定着しました。ビッグデータを活用する経営はこの流れの延長線上にあります。しかし、多くの日本企業がビッグデータ活用に苦労し ている現状を見ると、この流れが真に日本に定着するのはこれからのように感じます。

マネジメントの役割は、企業の将来の姿やビジョンを示すこと、企業として経済的な成果を上げること、社会に貢献すること、企業活動を環境に合わせ最 適化し、働く人に成果を上げさせること、などです。ビッグデータ活用に関しては、その本質を理解し、その活用促進に向けて企業、社員の行動を変えることが 求められます。マネジメントが本気で取り組むべき課題なのです。

図2:従来型経営とビッグデータを活用する経営の対比

図2に従来型経営とビッグデータを活用する経営の対比を示しますが、前者が均一製品やサービスの大量生産、大量消費に企業経営を最適化するもので あったのに対し、後者は個々の顧客ニーズに個別に対応した製品やサービスを提供する企業になるためのものです。残念ながら、日本企業の多くがこの経営に移 行しきれていません。その理由は、ビッグデータ活用など経営環境が激変したことに対し、経営手法を革新する速度が遅く、結果として従来型経営からの脱皮が 遅れているからです。

データはそのままの形では価値を生みません。データを収集、分析し、誰もが共通の理解ができる情報という形に変え、さらに情報の体系化や関連性の整 理などを行い、価値創造やマネタイズの源泉となる知識に変えることで初めて価値を生むのです。これを現実のものとするには、経営手法にもイノベーションが 必要なのです。

(参考文献)

  • *1 経済産業省「フロンティア人材研究会」報告書,2012年3月.
  • *2 クレイトン・クリステンセン,ジェフリー・ダイアー,ハル・グレガーセン著,櫻井祐子訳,”イノベーションのDNA”,翔泳社,2012年.

Shuichi Inada  東京大学先端科学技術研究センター 特任教授 

1954年、福岡県生まれ。九州大学大学院工学研究科修士課程修了(情報工学専攻)、米国コロラド大学大学院修士課程修了(経済学専攻)。 1979年、郵政省(現:総務省)入省。以来、モバイル、ユビキタス、セキュリティ、情報流通など情報通信分野の政策立案や技術開発、標準化業務などに従事。大臣官房審議官を経て2012年に総務省を退官。 著書に「ビッグデータがビジネスを変える」(アスキー・メディアワークス)など。

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