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第ニ回:これからは「個客」中心のマーケティング、オムニチャネル戦略

第五回:時間当たりの生産性を高める、付加価値の高い仕事に注力を

ネットイヤー石黒不二代氏が解説するオムニチャネルの定義とオムニチャネル化のための IT 投資。オムニチャネル時代に「個」客の消費行動を連想しながらすすめる業務改革とは?

【連載】業務改革のススメ 〜顧客志向の会社が強くなる〜

これからは「個客」中心のマーケティング、オムニチャネル戦略

オムニチャネルを定義する

オムニチャネル」という言葉。ふむふむ、聞いたことがある、という方も多いのではないでしょうか?日本語のWikiには載っていませんが、英語の Wikiには「Omni-Channel Retailing」という項目で解説されています。要するに、日本では認知度は低いが、アメリカでは始まっている、という状態です。しかしながら、日本 においても、セブン&アイホールディングスなど先進的な企業は、すでにオムニチャネルを実施すると発表しています。 私は、この始まったばかりに見えるオムニチャネル戦略が、ここ数年でマーケティング戦略の中心になっていくと考えています。なぜなら、顧客はすでに変わってしまって、この変化に企業側が対応を迫られているからです。

ということで、今回は、オムニチャネル時代に、勝者となるために、まず、正しいオムニチャネルの定義を理解することから、始めてみたいと思います。

前述の英語のWikiには、こう書いてあります。「オムニチャネル小売り」とは、マルチチャネルの小売の進化系であるが、顧客体験が、すべての可能 な購買チャネル、つまり、モバイルインターネットデバイス、コンピューター、ブリックアンドモルタル(懐かしいですね)、テレビ、ラジオ、ダイレクトメー ル、カタログなど、でシームレスに繋がることをより強調したアプローチである。小売りは、特別なサプライチェーンソフトウェアを使って新しい顧客の需要に 応えていかなくてはならない。

私は、これを見て思いました。「いや、まだ、弱い」。ここでは、オムニチャネルは、顧客が購買できるあらゆるチャネルから購買ができるように流通経 路をつなげましょうと言っています。そして、文末には、特別なサプライチェーンが必要であると述べています。しかし、これらは、すべて供給側の論理なので す。オムニチャネルとは、まったくその反対、顧客の論理に従って、最高の顧客体験を与えるような、いつでも、どこでも、顧客が好きなときに、注文ができ て、好きなときに好きなところで好きなものを受け取ることができる、絶対「個客」主義が必要なのです。だからこそ、サプライチェーンではなく、今のとこ ろ、こんな言葉はないのですが、むしろ、デマンドチェーンと呼べるような需要側の連鎖が必要なのです。ですから、オムニチャネルはチャネル戦略にあらず、 オムニチャネルは顧客戦略なのです。

なぜ、今、オムニチャネルか?

さて、インターネットの登場により、マルチチャネルの時代になったと言われて久しいのですが、ネットとリアルの融合は思ったより進んでいませんでし た。むしろ、売上をネットにとられてしまうと言って、ネットを敵とみなすようなリアル店舗が多く存在しています。にも関わらず、なぜ今、オムニチャネルが 必要とされるのかは、いくつかの理由があります。

要因の一つは、ECの売上はもう無視できないほどに大きくなってしまったことです。少子化や景気の低迷などから、今後、日本の内需は縮小していくと 言われています。たとえ景気が上向いてきたとしても、これが大きく成長することは期待できません。ゼロサムゲームである限り、ECが普及すれば、リアル店 舗同士で売上げを競うことは意味がありません。それよりも、O2O(オンラインTOオフライン、オフラインTOオンライン)のように自社内で、お客様が最 もオーダーしやすい場所でオーダーし、最も買いやすい場所に誘導してあげるというように、全体サービスのレベルを上げることで、他社に対して、競争優位性 を持ったほうがよさそうです。

もう一つの理由は、スマートフォンやソーシャルメディア(フェイスブックやツイッターなど)の普及によって、消費行動が大きく変わってきたことがあ げられます。いつでもどこからでも、たとえお店の中にいても、ほしい時にすぐスマホで購入する人たちがいます。また広告や店舗で商品を検討するのではな く、他人のクチコミを参考にし、自分でも情報を発信することが当たり前になってきました。

消費行動の変化といえば、「ショールーミング」と呼ばれる顧客行動が、リアル店舗を悩ませています。来店したお客様が、実店舗で商品を見て、販売員 に説明を聞き、商品知識を得た後で、ネットで注文するというものです。これら新しい消費行動では、顧客がひとつの顧客接点で消費行動を完結させず、顧客接 点をその利点によって使い分けていることがわかります。マルチチャネルの時代は、ネットで購買されやすい商品、実店舗向きの商品、スマホ世代向きの商品な ど、商品別にデバイスを使い分けたり、それに世代を掛け合わせるなどで対応、オムニチャネルの時代は、顧客の購買行動を完結させるために、顧客接点を繋 ぎ、チャネルを連携させていく必要があるのです(図1)。

(図1)マルチチャネルとオムニチャネル
(図1)マルチチャネルとオムニチャネル

「個」客の消費行動を連想してみる

さて、オムニチャネル戦略を立てるためには、まず、顧客の消費行動パターンを想起してみる必要があります。ここで、あえて「顧客」でなく、「個客」としたのは、この行動パターンが実に多様化しているからです。

想定する顧客が、どんなプロフィールを持っているのか、どんな家族構成なのか、それぞれの特定の顧客が平日はどんな行動をするのか、週末はどんな行 動をするのかを考えてみましょう。それぞれの場所、それぞれのタイミングでどのような情報を取得しようとするのか。どんなリコメンドがどのタイミングであ ると反応してくれるのか。これまで貯めたデータを基に架空のユーザーを設定し、ユーザーのPCやスマートフォン、ネットや実店舗との接点を想定しながら考 えていきます。あまり難しく考える必要はないのですが、大切なポイントは、顧客接点の役割を現状の役割のままで規定せず、顧客の利点を基に設計することで す。

Aさんは、キャリア志向の30代女性です。朝起きてテレビのショッピングチャンネルで紹介された健康食品を買おうとしますが、電話している時間はな く、通勤途上で、スマホで注文します。帰宅はいつも遅いため、自宅へ配送されるといつも不在になってしまう。帰り道にあるコンビニで受け取りのほうが便利 なので、そう指定しておきます。

Bさんは、ネット利用が盛んな20代女性です。普段は、ネット通販を使うことが多いものの、今日の買い物はいささか値がはるセレクトショップのジャ ケットです。ネットでは、購買できず、商品の取り置きをリクエストして、試着を予約します。その間に、ジャケットのカタログをソーシャルメディアを通じて 友人と共有、友人からも「いいね」が届きました。週末に、お店に足を運び試着し、店員さんとよく相談の上、購買を決定しました。

Cさんは、70代男性。食料品は近所のスーパーマーケットで調達しますが、重い荷物を運びたくなく、同日配送をお願いしています。今日は、時間も あったので、ジムで使うトレーニングウェアを買おうとしましたが、あいにくサイズが合いません。相談にのってくれた店員さんは、他店の在庫を端末で確認、 食料品と同じ時間帯に配送をしてくれることを約束しました。

パターンは、「個」によって様々です。このようなペルソナも100通りも設計できるかもしれません。繰り返しになりますが、重要なことは、顧客接点 の役割を従来どおりの枠からユーザー目線でもう一段広げてあげることです。購買する場所であった接点は配送する場所になるかもしれません。配送場所が受注 場所になるかもしれず、相談する場所は、購買する場所になるかもしれません。

実店舗の逆襲

前述のように、オムニチャネル時代の企業は、ユーザー1人ひとりの行動を分析し、どこで顧客と接点を持てるのかを考え、戦略を練りなおす必要があります。顧客行動の変化に対応するだけでなく、顧客行動は企業が作り出すこともできるのです。

例えば、コンビニエンスストアを傘下に持つ小売りがあれば、これを購買する場所だけでなく、受取りの場所にできれば、顧客にとってのメリットはあが ります。普段、ネット通販で買い物をしている顧客も週末はまとめ買いでスーパーに行くことがあります。ソーシャルメディアで友人がいいと言った商品を実店 舗でチェックしたくなります。配送業者が配送ついでに新しいオーダーを聞いてくるという試みが盛んになっています。一人暮らし世帯、特に、年配の一人暮ら しの方が、配送してもらったその場でオーダーを取ってくれれば便利ですね。

マルチチャネルの時代には、ネットがリアルを脅かすという概念が頭を煩わせたものですが、このように、顧客接点の役割を拡大して考えてみると、より たくさんの顧客接点を持つ企業が強くなることがわかります。つまり、リアル店舗を持っていることが強みになる時代がやってくるのです。冒頭に、デマンド チェーンという言葉を使いましたが、顧客行動のすべてが購買に影響を与えるのですから、このデマンドのバリューチェーンを網羅できる企業、つまり、1社が ネット店舗、実店舗、配送の全部を持つような企業は、その存在価値を増していくでしょう。また、店舗を持つ企業と配送業者などとの協業など、産業間の連携 も深まるでしょう。ネットと店舗を分断していたのは企業の勝手な都合だった、顧客はその連携を望んでいた。ここにオムニチャネルに取り組む最大の意義があ るのです。

オムニチャネル化のためのIT投資

さて、最後にオムニチャネルを実現するための投資のポイントと組織や評価制度の変更点を挙げておきます。

  • 実店舗とECの顧客情報の一元化
  • 実店舗とECの在庫情報の一元化
  • 実店舗の販売員にモバイル端末を配布(在庫情報、競合分析、商品レビューの閲覧)
  • 店舗やネットに関わらず他店舗からの配送の実施など流通システムの刷新
  • 配送担当者にモバイル端末を配布(配送情報、在庫情報、注文機能)
  • 販売チャネルと倉庫の最適化
  • 店舗スタッフの教育
  • 組織横断型のマーケティング部門の設置
  • 実店舗やECという店舗ごとの評価制度から全社評価への転換

オムニチャネル時代は、店舗ごとの売上を競う時代の終焉を意味しています。全社の売上は、店舗の数x店舗の平均売上ではなく、顧客の数x顧客の平均 売上にかわっていきます。一顧客にどれだけ買ってもらえるかが、Life Time Value=顧客の生涯価値を最大化するという発想をもとに企業基盤の刷新が求められています。

Fujiyo Ishiguro ネットイヤーグループ株式会社 代表取締役社長 兼 CEO

ブラザー工業にて海外向けのマーケティング、スワロフスキージャパンにて新規事業担当のマネージャーを務めた後、シリコンバレーにてハイテク系コンサルティング会社を設立、Yahoo、 NetscapeやPanasonic、Sonyなどを顧客とし日米間のアライアンスや技術移転等に従事。ネットイヤーグループのMBOに参画、2000年から現職。ネットイヤーグループは大企業を中心に、ビジネスの本質的な課題を解決するための総合的なデジタルマーケティングを支援し、独自のブランドを確立。従業員数は約300名、売上高40億。 2008年に東証マザーズ上場。経済産業省 産業構造審議会委員などの公職も務めている。

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