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スマートアグリ最前線 ― 農業をクラウドが変える

スマートアグリ最前線 ― 農業をクラウドが変える

TPPによる関税撤廃や農業従事者の高齢化などといった問題に対処するため、大きな注目を集めているのが農業や酪農にITおよびクラウドを活用する「スマートアグリ」や「農業クラウド」です。日本における先進的な農家・酪農家の事例や自治体の取り組みを取り上げつつ、農業でのIT・クラウド活用のメリットを解説します。

スマートアグリ最前線 ― 農業をクラウドが変える

課題が山積する日本の農業

TPP協定(環太平洋パートナーシップ協定)による農作物の関税撤廃・削減が目前に迫っています。そのほか、就業者の高齢化や耕作放棄地の拡大な ど、日本の農業にはさまざまな課題が山積しています。一方で日本の食糧自給率は39%(カロリーベース、2013年度)と、諸外国と比べて極めて低いのが 現状で、国内の食料需要を満たすために多くの農作物を輸入しています。

今後、世界の食糧需給は逼迫する見通しであり、自国の食糧確保や物価抑制を目的として、多くの国が農産物の輸出規制を行っています。このような状況が続けば、日本国内での食糧供給が困難になることも十分に想定され、農業の生産高増や効率化などが急務となっています。

農業の効率化を実現する「スマートアグリ」

そこで大きな期待が寄せられているのが、ITをはじめとする最新テクノロジーを利用して農作物の栽培を行う「スマートアグリ」(アグリは、 agricultureの略)です。農業は人手による作業が中心で、なおかつ農作業のノウハウは経験によって培われる部分が大きく、習得に長い時間がかか ります。これに対しスマートアグリは、ITやロボット技術を活用することで省力化を図り、さらにセンシング技術などの活用により、ノウハウがなくても効率 的に農作業を行えるようにするのが狙いです。

このスマートアグリの具体例としては、GPSと自動走行システムを組み合わせて、農業機械による作業の自動化を図ることが挙げられます。また、栽培ハウスの照明や気温をITでコントロールし、効率的に生産を行う「野菜工場」などもスマートアグリの一例です。

海外に目を転じると、この分野で先行しているのが、九州と同程度の土地面積にもかかわらず、世界第2位の農作物輸出額を誇るオランダです。同国では CO2再利用技術やLED照明技術など、ハウス栽培を最適化する制御ITシステムを活用し、都市に近い土地で農業を行う近郊型農業の先進国となりました。 またアメリカにおいても、ベンチャー企業が開発した農業経営のマネジメントアプリである「Farmlogs」が話題になるなど、農業とITの融合が進めら れています。

農作物の生産から流通、販売管理など、農場経営にかかわる業務を支援する「農業クラウド」も、スマートアグリの一例です。ITを利用して農業を効率 化する動きは従来もありましたが、日本の農業法人の大半を占める従業員数が数人から十数人程度の法人・小規模農家にとっては、ITを活用したシステムの導 入はコスト的に難しい面がありました。しかし「利用した分だけ支払う」料金体系のクラウドサービスであれば、小規模農業法人であってもコスト負担を抑えて 導入することが可能です。

さらにスマートフォンやタブレット端末の普及・無線通信インフラの整備により、農地などでも気軽にクラウドサービスを利用できる環境が整ったことまで考えると、これから農業クラウドが広まる可能性は高いと言えます。

スマートアグリを実現するための産・官・学の取り組みが活発化

日本国内においても、ITを活用したスマートアグリ、農業クラウドを実現するためのサービスが登場しています。その1つとして挙げられるのが、富士 通株式会社が提供している「食・農クラウド Akisai(秋彩)」です。これは農業にかかわる生産・経営・販売活動を支援するものであり、農業法人のサポートのみならず、これをベースにした大学と の共同研究なども始まっています。

地方自治体が中心となった農業でのIT活用の取り組みも活発化しています。宮城県の農業生産法人GRAでは、オランダ視察をきっかけに、ITを利用 したイチゴやトマトの施設園芸を、同県の山元町などで行っています。各農場と本社とは光回線で接続されており、「圃場への入室管理や労務管理等に関する入 力作業にあたり、携帯性にすぐれるスマートフォンの活用も進んでいる」と、『平成26年版情報通信白書』で紹介されています。IT活用によって温度・ CO2・湿度の管理がより適切になされるようになってイチゴの収穫量が増大したこと、今までイチゴ栽培経験がなかった人からの問い合わせが増え、新規参入 への道を開いたことなどが、大きなメリットとして述べられています。

一方、佐賀県では今年(2014年)8月にセールスフォース・ドットコムと共同で、Salesforce1上に構築された農業支援アプリケーション の試用と効果検証を行う共同研究を開始しました。佐賀県は水田農業を中心に、米・麦・大豆の省力生産に取り組む全国でも有数の農業先進地域であり、県内の 食糧自給率は107%と全国平均を大きく上回ります。そこでの検証結果は、佐賀県における農業の発展と継承につながるだけでなく、全国の他地域にも応用さ れることが期待されます。

佐賀県庁、「イノベーション“さが”プロジェクト」の一環として、セールスフォース・ドットコムとの共同研究を開始

クラウド利用で計画的な酪農経営を実現

酪農にもIT化の動きは広がっています。実際にITを活用し、3万頭の牛情報をクラウド上で管理しているのが、大分県日田市の有限会社本川牧場であり、同社の例は『平成26年版情報通信白書』に「ビッグデータ活用の注目事例」として、以下のように紹介されています。

「本川牧場は、従来より無線タグ(RFID)による個体識別や、牛に取り付けたセンサーから動態データを取得するなどICTの活用に積極的であった が、管理頭数の増加に伴い、平成20年よりセールスフォース・ドットコム社のクラウドを利用して一元管理を開始した。具体的には、牛の個体情報や牛に対す る作業の情報など200~300項目にわたるデータを収集することで、牛の成育状況の『見える化』を図るとともに、これらのデータを分析することで健康に 問題のある牛の検出や今後の牛の状態の予測、子牛の出生予定頭数の予測などを行い、牛乳生産量の予測と最適化、肉牛の出荷時期の予測と出荷最適化に結びつ けている」。

従来、同牧場では、乳牛は市販の乳牛管理ソフト、それ以外の牛は Excel を使って独自に管理していましたが、過去の記録を牛に紐付けて管理できず、乳牛や肉牛など種類の異なる牛を一括管理することも不可能といった点に不満があ りました。それが、Salesforceでの一括管理に移行したことにより、これら課題が解決され、生産量や売上の増加につながっています。さらに計画生 産量と出荷量のズレをなくすことによる廃棄ロスとペナルティの支払いの削減、そして頭数増加による牛舎の増加の予測も可能となり、中長期を見据えた投資が 行えるようになりました。

ブランド果実の生産と品質管理にクラウドを活用

熊本県河内地区で果実生産に取り組むウシジマ青果有限会社も、農業にクラウドを活用している1社です。同社は「温州みかん」や「不知火オレンジ」、 「河内晩柑」など品質のブランド果実を全国に出荷していますが、品質管理や荷受けから出荷状況の把握に至るまでの管理業務は煩雑で、大きな悩みの種となっ ていました。

この課題を解決するために、同社は管理業務をSalesforce上で行うようにしました。仕事量の軽減につながったほか、糖度やサイズなどさまざ まな要素をデータ化するなど、徹底した品質管理の実現にも利用されています。このように業務負担の軽減と品質向上の2つを同時に実現したウシジマ青果の事 例は、農業におけるクラウド活用の好例と言えます。

このように、日本においても農業や酪農におけるクラウド活用はすでに始まっており、大きな成果を生み出しています。安定した食糧供給は日本にとって重要な命題であることを考えると、スマートアグリの実現に向けた動きが今後さらに加速していくのは間違いないでしょう。

参考:

  • 平成25年度 食料・農業・農村の動向/平成26年度 食料・農業・農村施策(農林水産省)
  • 諸外国・地域の食料自給率(カロリーベース)の推移(1961~2013)(試算等)(農林水産省)
  • 平成25年度食糧自給率について(農林水産省)
  • スマート社会における「融合新産業」の創出に向けて~システム型ビジネスのグローバル展開~中間とりまとめ(案)(経済産業省)
  • 農業革命“スマートアグリ”(NHK クローズアップ現代)
  • 安価な「農業クラウド」が農場を救う(日経テクノロジー)
  • farmlogs公式サイト
  • 「食・農クラウド Akisa(秋彩)」(富士通株式会社)
  • 「平成26年版情報通信白書」(総務省)

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