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ユーザー部門によるIT活用の潮流

デジタル時代の日本企業再生のカギとは。一橋大学の神岡太郎教授が、日本流CMOの在り方、マーケティングとITの融合による再生ストーリーを展開。第1回目は「CMOによってマーケティングを変革せよ」

vol.4 ユーザー部門によるIT活用の潮流

IT活用の主役はIT部門からユーザー部門へ

前回では、企業全体のマーケティングとそれをまとめるCMOの重要性について説明してきました。今回は、昨今のマーケティングに不可欠とも言えるIT、あるいはデジタルという領域について、企業が抱える課題を考えます。 マーケティングが変化しているように、企業を取り巻くIT活用にも大きな変化が訪れています。それは、マーケティングなどのユーザー部門によるIT活用の潮流です。ユーザー部門とはITを利用する側の部門ということです。 これまでの企業ITは、情報システム部などのいわゆるIT部門を中心に、設計・管理されてきました。しかし、インターネットが普及し、クラウドのような導入ハードルの低い製品が登場したことで、IT部門に頼らなくてもシステムやツールを導入できるようになったのです。 この恩恵を最も享受しているのが、ユーザー部門やローカル(地方や海外支社など)の組織です。これらの組織は、これまでIT部門が用意する基幹システムの 中でITを使う立場でした。しかし最近では、顧客に対する価値創造のために、自分たちが主導してITを活用しようという流れが生まれています。

企業ITも顧客志向が求められる時代に

企業のITには、バックエンドとフロントエンドがあります。バックエンドITは、従来の基幹システムに代表されるもので、企業の業務効率化やコスト 削減が主な目的でした。一方のフロントエンドITとは、顧客との接点を持つユーザー部門が、顧客への価値創造のために利用する「顧客志向のIT活用」のこ とです。素早く簡単に導入できるフロントエンドITの多くはクラウド型で提供され、導入のしやすさから急速な広がりを見せています。 例えば、皆さんが日常的に利用するモバイルのアプリは、「顧客志向のIT」の例になります。航空会社が提供するアプリでは、チェックインをしたり、自分の乗るフライトの遅延状況を知らせてくれる等、利用者が気軽に利用できます。 決して複雑なことをしているわけではありません。しかし、この簡単なITの活用が、顧客にとって大きな価値を生んでいます。航空会社にもよりますが、こう いうアプリは、IT部門ではなく、Web、モバイルアプリ、SNSを積極的に利用するデジタルマーケティングを担当する部門が設計することが多いようで す。しかもクラウドを利用して、アジャイル開発手法を用いているので、非常に短い時間で、そのアプリを提供することができています。もちろん、顧客の利用 状況を分析することで、日常的にその構成や内容を改良しています。

企業はこれまでのように製品の差別化だけを考えるのではなく、顧客にとってどんな価値を提供できるのかを考えるべきです。カスタマーエクスペリエン スやカスタマーバリューをどうやったら高められるのか―。その答えの1つがITの活用であり、その主体こそがより顧客と近いポジションにいるユーザー部門 なのです。

テクノロジー活用のパラダイムシフトが企業ITの価値創造を後押し

企業のIT活用は、社内の業務効率化やコスト削減から顧客の価値創造へとシフトしています。この流れに呼応するように、テクノロジー活用のパラダイムシフトが起こっています。 クラウド、ビッグデータ、モバイル、アジャイル開発といったテクノロジーの急速な発展によって、フロントエンドのIT活用が進んでいます。特に市場志向性 の高いビッグデータなどは、ユーザー部門やローカル組織の主導で活用が進んでいます。企業の競争力強化のためには、これらの技術に素早く対応して活用しな ければならないのですが、IT部門にはそれが難しいのです。なぜなら、従来のIT部門のテーマは「どうやって社内システムを設計・整理するか」であり、顧 客の存在は意識してこなかったからです。これは、IT部門にとっての顧客は、社内のユーザー部門だったということも理由でしょう。 IT活用の主役がIT部門からユーザー部門へと移ってきている中、米国ではCIOやIT部門の発言力が相対的に低下している傾向があり、日本でも同様の流れが生まれつつあります。 従来の企業ITは、情報システムから見た業務の統合や最適化が焦点でした。その後、システムをどう活用するかに変わり、現在では顧客のためのサービスやシ ステム設計が論点となっています。そしてそれぞれの責任者も、CIOではなくCMO やCDO(最高データ責任者、最高デジタル責任者)へ、というのが1つの流れになっています。個人的には、少しブームになりかけているCDOが今後、普及 するのか、どのような位置づけになるのかについて注目しています。CMOとの関係がどうなるのかも不明です。業種によってはデジタルを中心とした顧客価値 提供はCMOではなくCDOが担うことになるかもしれません。ただ、いずれにせよ、企業ITに求められる価値や役割がシフトしていることは変わりようがな いようです。

企業ITの役割はビジネス価値の創造へ

テクノロジー活用のパラダイムシフト。企業ITに求められる価値や役割は、ビジネス価値の創造へと大きく変化し、フロントエンドITの利活用が進んでいる

企業におけるITの位置付けが変わるにつれて、それに合わせたガバナンスも必要になります。しかし、実際は社内のデータをどう使うかでCIOと CMOがせめぎ合うなど、組織的な問題が生じています。さらに言えば、CIOとCMOが議論するならまだ健全で、多くの企業ではフロントエンドITとバッ クエンドITが真っ二つに分断され、連携や調整がなされていない状況が見られます。同じクラウド製品を他部門がそれぞれ別に契約して使用していたり、重複 したデータを取っていたり、データの連係がうまくいっていないことで商機を逃したりしている状況があるのではないでしょうか。

企業が抱える、これからのITに関する4つの課題領域

バックエンドITとフロントエンドITが分かれていることで見られる課題領域は、下図で示す4つです。

  1. バックエンドにおけるITの効率化
    IT部門には、標準化されたテクノロジーをベースにした外部サービスを利用して、システムを維持するための負担を減らすことが必要でしょう。ここで得られた資金や人材のリソースを、顧客により近い、価値創造のためのITに振り分けることが求められています。
  2. フロントエンドにおけるITの統合
    フロントエンドITにおいては、導入のしやすさから、各ユーザー部門がバラバラに選定・活用し、結果としてデータベースが乱立する状況が課題となっていま す。データ構造の異なるものが企業内に多数存在し、統合することが技術的にも大変難しく、全体最適化ができない状態を引き起こしています。
  3. バックエンドとフロントエンドのスムーズな連携
    フロントエンドITを仮に統合することができたとしても、バックエンドITとの連携ができなければ、顧客データを最大限に活用することは難しいでしょう。そのため、フロントエンドITによる分析結果を、セールスに結びつけられないという状況が起きています。
  4. 企業全体のITの管理
    顧客価値提供のためのサービスやシステム設計が必要となったときに、CIOとIT部門が担ってきたバックエンドだけを対象としたガバナンスの範囲では、企 業全体のITをカバーできなくなっています。バックエンドもフロントエンドも含めたITガバナンスを再構築する必要があります。

このようにITにおける4つの課題領域を明らかにしてみると、マーケティングにおける課題ととてもよく似ていることがわかります。前回までに述べ た、マーケティングが部門や地域によってバラバラに行われていることや、全社的視野に立てずに一貫性のあるマーケティングが実施されていないことなどを思 い出してください。つまり、ユーザー部門もIT部門も課題の構造は同じなのです。

Taro Kamioka 一橋大学商学研究科教授 工学博士

ITマネジメントやマーケティングマネジメント、デジタルマーケティングやICTの利活用を主な研究対象とする。特にITとマーケティングの融合、CIOとCMOについて関心がある。国際CIO学会会長(日本)や政府情報システム改革検討委員会委員(総務省)、高度ICT利活用人材育成推進会議座長(総務省)などもつとめる。 主な著書に『マーケティング立国ニッポンへ(共著)』(日経BP社、2013)、『CMO マーケティング最高責任者―グローバル市場に挑む戦略リーダーの役割』(ダイヤモンド社、2006)があり、ほか共著や論文多数。

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