「これからは“デュアルモード社会”へと移行する」――。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響は、今や世界の常識を一気に変えようとしています。もはや以前のような“ノーマル”に戻ることはできないと言われる中で、日本でもポストコロナ社会の新たなビジョンが求められています。この急激な変化に、企業や個人はどのように向き合うべきなのでしょうか? 多摩大学大学院名誉教授の田坂広志氏は、これからの社会は「デュアルモード社会」へと移行し、これまでの利潤追求型の資本主義は、「目に見えない資本」を重視する成熟した資本主義へと移行すると提言します。ポストコロナ社会は、現在のような不安と混乱が溢れる社会ではなく、最先端テクノロジーを活用しながら、人と人とのつながりを大切にし、社会に貢献することに価値を置く社会になっていくでしょう。

スイス・ダボスで開催される年次総会(通称:ダボス会議)を主催することでも知られる「世界経済フォーラム」との緊急共同企画セッション。世界経済フォーラムGlobal Agenda Council の元メンバーでもある田坂教授と、世界経済フォーラム日本代表の江田麻季子氏が、ポストコロナ時代の社会の進むべき方向、そして企業や個人のあるべき姿について議論を交わしました。本レポートは、その議論のポイントを紹介します。

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社会は「デュアルモード」へと移行し、「グレート・リセット」に向かう
 

対談冒頭で議論されたのは、まず「ポストコロナ時代に、社会はどの方向に進むか」というテーマでした。現在、「ニューノーマル」という言葉が多くのメディアで使われていますが、社会のすべての分野で、これまでとは異なる「新常態」への移行が求められています。ただ、その「ニューノーマル」の全体像が、まだ明確に見えてこない状況の中で、田坂教授は、これからの社会は「デュアルモード社会」へと移行していくと明言します。

なぜなら、もし現在のCOVID-19によるパンデミックが収束しても、いずれ、また新たなパンデミックが到来する可能性が高いからです。では、そうしたパンデミック時代に、どのような社会の在り方が求められるのか。田坂教授は、それを「パンデミックの収束時は、経済性を重視していく『経済モード』、パンデミック到来時は、国民の健康と安全を最重視する『安全モード』と、2つのモードを混乱なく速やかに切り替えることのできるデュアルモード社会である」と述べました。一方、江田氏は、パンデミックを経験して、世界経済フォーラムがテーマとして掲げているのが「グレート・リセット」だと話します。では、なぜリセットが必要なのか? 「世界中で進んできた格差や分断の問題、そして気候変動や環境問題といった様々な課題が、COVID-19のパンデミックによって、ますます深刻化し、社会システム全体の抜本的なリセットが必要な状況になっている」と、江田氏は説明します。

田坂教授、江田氏ともに共通するのは、このコロナ危機によって、まったく新しい変革が求められるわけではなく、これまで様々な理由により進まなかった変革、例えば、規制改革やデジタル・トランスフォーメーションなどの変革を本格的に実行しなければならない状況が生まれたと捉えていることです。その意味で、お二人は「今回の危機は、変革を一挙に進める絶好のチャンス」と声を揃えて語りました。




世界経済フォーラムとの共同企画セッション「パンデミック時代の持続可能な社会とビジネスのあり方とは?」。
かねてからテレワークを実践される田坂教授は、自然豊かな河口湖のご自宅から登壇された。

 

資本主義の在り方、ビジネスの在り方はどう変わるか?
 

その「進まなかった変革」の大きなテーマとして、「資本主義」という経済システムの問題が取り上げられました。田坂教授は、資本主義も含め、政治、経済、社会、文化、すべての分野でパラダイムシフトが起こると予見します。もともと、2008年のリーマン・ショック以来、「資本主義の変革」は大きな課題として提起されていましたが、具体的な変革が起きるまでには至らなかったと述べます。

しかし、ポストコロナの時代には、この「資本主義の変革」という課題にも真剣に取り組む必要があるとお二人は語ります。そして、そのとき、「目に見えない資本」が重要になってくると、田坂教授は語ります。

では、「目に見えない資本」とは何か? その一つが「知識資本」と呼ばれるものであり、例えば、社員が持つ知識や智恵をどう活用できるかが、これから企業にとって極めて重要になると言います。これまでのように、経営者はボトムラインや株価だけを重視すれば良い時代は終わっていくと、田坂教授は述べます。さらに、動画では、「目に見えない資本」として「関係資本」、「信頼資本」、「評判資本」「文化資本」などの例を挙げ、今後、企業においても、それらの資本を蓄積し、活用することの重要性を語っています。
「目に見えない資本をしっかり見つめ、それらを企業の中に生み出し、蓄積していくという戦略を採らなければ、これからの『高度知識資本主義の時代』には、遅れた企業になってしまいます。ポストコロナ社会においては、特に、この目に見えない資本が重要になっていきます」(田坂教授)。

また、江田氏も、世界経済フォーラムにおいては、これからの資本主義の在り方として「ステークホルダー資本主義」が議論されていると語っています。すなわち、「株主だけでなく、顧客、従業員、コミュニティ、さらには次世代といった、すべてのステークホルダーに貢献するのが企業の役割である」と考える資本主義へと変わっていくこと、企業の目的も、単に利益を上げることだけでなく、社会的な貢献が重要になっていくことを述べました。

「マーク・ベニオフ氏の著書(※)でも触れられている『ステークホルダー資本主義』の考え方には、深く共感します。昔から日本の資本主義では『三方良し』の思想があり、『目に見えない資本』を大切にしてきました。そして、日本では、『働くとは、傍を楽にすること』と言われ、労働観の根本には『誰かの幸せのため』という社会貢献の思想があります。従って、ベニオフ氏のような考えは、決して特殊なものではありません。いま、世界全体の流れを見ると、CSRやSDGs など、企業は事業を通じて社会にどう貢献するのか、という思想が広がっています。」(田坂教授)。

現在の「シェアホルダー資本主義」(株主資本主義)では、投資家は、企業を収益や株価という数字だけで評価し、短期的な視点で投資しています。しかし、これからの「ステークホルダー資本主義」においては、「企業の社会的責任」(CSR)や「持続可能性」(SDGs)が重視されるようになり、こうした思想が、これから新たな資本主義を生み出していくでしょう。江田氏は、この資本主義の変革は「グレート・リセット」の極めて重要なコアの部分だと述べ、「長期的視点で企業活動をし、社会貢献を大切にするという、日本の資本主義が持つ思想や価値観を世界に広げていければと思います」と江田氏は語りました。




多摩大学大学院名誉教授
世界経済フォーラム Global Agenda Council 元メンバー
田坂 広志 氏

 

これから求められるスキルは、必ずしもITスキルではない?
 

新たな資本主義への変革が進み、企業の在り方も大きく変わっていく時代に、我々ビジネスパーソンには、どのようなスキルが求められるようになるのでしょうか。

田坂教授は、これからは第4次産業革命が急速に進み、AIやロボティックスが社会全体に広がっていくため、人間には、AIやロボットでは代替できない高度な能力、特に「ホスピタリティ、マネジメント、クリエイティビティ」という3つの能力が求められるようになると述べています。

では、なぜ、こうした能力が必要になるのでしょうか。これから急速に普及していくロボットは、人間の単純肉体労働を代替し、AIは、知識労働の多くを代替していきます。その結果、人間には、顧客への深い共感能力や、部下の成長を支援する能力、メンバーの中から集合知を引き出す能力など、高度な能力が求められるようになると田坂教授は説明します。

 


世界経済フォーラム 日本代表
江田 麻季子氏

志や使命感は「目に見えない経済」を動かす
 

また、対談では、資本主義の変革や個人のスキル、キャリア観にも通じる重要な視点として、「志」や「使命感」と経済との関係についても、興味深い議論が交わされています。

田坂教授は、ポストコロナの時代には、働き方の変革だけでなく、人々が志や使命感を持つことの重要性を指摘しました。例えば、なぜ、社会起業家は、大きな資本も組織も待たないのに、困難な社会的課題を解決することができるのか。その理由を、田坂教授は、次のように語ります。
「社会起業家のように志や使命感を持って活動する人の周りには、その志や使命感に共感し、その実現を応援する人たちが集まり、無償でその仕事を手伝ってくれるからです。言葉を換えれば、社会起業家の周りでは『目に見えない経済』、すなわち『ボランタリー経済』が動くからです。そして、その経済が動くとき、「目に見えない資本」も集まり、動き出します。すなわち、その社会起業家には、周りの人が知識と智恵、すなわち『知識資本』を提供してくれます。さらに、必要な人を紹介してくれるという形で「関係資本」や「信頼資本」も提供してくれます。また、志や使命感を持って活動する人の周りでは、良い評判が広がるという意味で、「評判資本」が集まります。このように、志や使命感を持って活動するということは、経済の側面から見ても大きな追い風を生み出していくのです。」

経済が停滞し、先行き不透明な社会に不安を感じる人は多いはずです。しかし、あらゆる分野で変革が求められ、新たな時代に向けた歩みは着実に始まっています。そんな中、私たちひとりひとりが、企業の役割や、働く意義を考え、行動していくことで、より良い社会を創っていけるはずです。「コロナ危機によって、いまは大変な状況ですが、本日の対談を通じて、明るい未来を切り拓いていくことができると確信しました」と、江田氏はセッションを締めくくりました。


対談動画では、このレポートではご紹介し切れなかった、デュアルモード社会や新たな資本主義のビジョン、ポストコロナのAI時代に求められるスキルについても、詳しく語られています。世界という舞台で活躍する田坂教授、江田氏だからこそ語れる熱い議論の様子を、ぜひ動画でもご覧ください。


『トレイルブレイザー:企業が本気で社会を変える10の思考』マーク・ベニオフ(著)