会員数約160万社と、世界最大規模の小売業界団体である全米小売協会(NRF: National Retail Federation)が主催する「NRF:Retail’s Big Show」。リテール業界におけるビジョンを発信し、議論する小売業最大級のイベントで、2020 年は約4万人の参加者を記録した。21年は新型コロナウイルスの影響により、初めてオンラインで開催。約150のセッションが配信された。 本稿では、セールスフォース・ドットコムの小川 哲氏に、「NRF2021」のセッションの中から、注目すべき取り組みを2号連続で解説していただく。「NRF2021」で語られたテーマは大きく分けて八つ。今月号ではそのうち、①〜④ を取り上げる。各テーマで注目すべき企業の取り組みや将来性について紹介する。

 

①コロナ禍での小売業の責務


各企業共に、最前線で働くスタッフへの金銭的支援や、休暇の付与、PCR検査の実施といった特別補助などに注力。コロナ禍でも業務をスムーズに遂行するための取り組みが多く見られた。また、消費者が安心して買物できる環境の整備や、地域コミュニティへの支援により、"街になくてはならない存在"をより強める対策を取った企業も多い。

世界最大手のスーパーマーケット(SM)「ウォルマート(Walmart)」では、デリバリーや、注文した商品をスタッフがピックアップし、車来店した顧客の車に積み込む「カーブサイドピックアップ」を早期から導入、拡大。顧客とスタッフがなるべく接触しない「コンタクトレスサービス」を強化してきた。

またコロナ禍において、経済的な不安を抱えている顧客が50%に達しており、今後の急速な経済の回復は見込めないと予測。そこで、NB(ナショナルブランド)からPB(プライベートブランド)への変更や、内容量の減少などにより購入しやすい価格設定に努めた。またEDLP(エブリデイロープライス)をこれまで以上に強化。生活必需品などの在庫確保も、重点的に強化した。

ホームセンターチェーンの「ホーム・デポ(THE HOME DEPOT)」は、店舗スタッフに2週間の有給休暇を、より健康リスクの高いスタッフにはさらに4週間の有給休暇を付与。加えて、臨時の週次ボーナスプログラムや、正社員の賃金アップ、昇進・昇給の機会増加、初任給のアップなど、スタッフへの全面的な補助に注力し、来客数が増えた分を、スタッフへ還元する体制づくりを行った。

地域コミュニティへ自社データを開示することで、地域貢献に取り組んだのがコーヒーチェーンの「スターバックス・コーヒー(Starbucks Coffee)」だ。店舗別の来店客数、売れ筋商品の変化などのデータ提供で、地域レベルで起こっていることを共有。近隣店舗には、品揃えの見直しなどの施策につなげてもらうことを狙った。これは同社のミッションである「Our Neighborhood=隣人を助ける企業」を体現した形だろう。

 

 

②ECの急伸に伴うサービス


EC市場が急伸する中、よりニーズが強くなったのが「ラストワンマイルの配送」。これまで以上に効率的な配送ルートの確保や物流の変革が問われた。それに伴い、注文はオンラインで、受け取りは店舗で行う「BOPIS(Buy Online Pickup In Store)」、駐車場スペースを活用したカーブサイドピックアップなど、顧客が商品を"ピックアップ"するサービスニーズも高まった。

先述したように、早くからピックアップサービスとデリバリーに取り組んできたウォルマートでは、特に65歳以上のシニア層の利用率が増加したという。こうした変化に対応し、配送や受け取り時間枠をコロナ禍以前より40%増加させ対応した。

ウォルマートが語ったデリバリーの将来像は「自宅内への配送」だ。現在、注文を受けた商品を自宅内の冷蔵庫にデリバリーするサービスをテスト中。信用商売を前提としていることからも賛否両論あるが、ニーズは一定数あり可能性はあると確信しているようだ。さらにその先には、カメラや重量センサーなどのIoTデバイスを活用し、冷蔵庫内商品を自動補充される社会になるとの予測が成された。

独自の配送ルールの構築で、配送の効率化を図るのがオランダのネットSM「ピクニック(PICNIC)」。創業者はEC市場の中でも普及率の低い食料品に、ビジネスチャンスを見出した。その中で消費者の心理的障壁となる、好きなときに受け取りができないストレスと配送費に着目。一定数の会員がいるエリアに限定し、特定の時間枠内で一斉に届けることで配送の密度を上げた。結果として配送コストの低下につながり、エリア内を20分で配送する体制が構築できた。また、ネットSMは顧客体験が何よりも重要と、カスタマーサービスシステムに投資。問い合わせ対応など、顧客満足度の向上にも取り組んでいる。

さらにEC配送による渋滞発生や大気汚染などの社会的課題にも取り組み、自社専用の小型電気自動車を開発。配送車が道を塞がず、排気ガスによる大気汚染問題を解決する、サステナビリティにも着手している。

D2Cサスティナブルブランド「オールバーズ(Allbirds)」は、オンラインが基軸のD2Cも、これからはBOPISやラストワンマイルの配送が必要と提唱。背景には、インターネット広告費などのデジタル単価の高騰がある。デジタル集客の費用対効果が低迷する中、D2Cブランドとして売上のキャズムを超えるには、オムニチャネル小売業になるべきだと考えている。店舗での接客体験の提供に加え、コロナ禍のニーズに応える商品提供にも取り組まなければならないという。

アメリカのリサーチ会社フォレスター・リサーチによると、小売業の62%が「店舗で商品をピッキングして店舗から配送する部分の技術が課題」と回答。また69%が「店舗ピッキングのための店舗在庫の調整、安全在庫の積み増しが課題」と回答している。オムニチャネルでは、注文管理や在庫管理の重要性が問われているようだ。またユーザーへの通知に関する調査によると、大半の企業は商品がピックアップ可能になったらメールを送るが、ユーザーの多くはSNSやアプリでのプッシュ通知を要望。そもそも顧客の14%は、オンライン注文したことすら忘れており、通知の重要性を改めて認識すべきとの結果が出ている。

 

 

③新しい接客様式

 

EC市場の急伸の背景には、新型コロナウイルスへの感染に対する不安から、非対面接客のニーズが高まっていることがあると見られる。店舗の役割はこれまでと変わらないが、接客の在り方には変化が必要だ。その中で増加したのが来店予約による第三者との接触機会の低減や、オンライン接客などの「オンライン◯◯」だ。

D2C家具メーカーの「ラブサック(LOVESAC)」は、商品のサムネイルやサイズなどの詳細を閲覧できるECサイトを、商品体験ができるサイトへとシフト。またD2Cにとってブランドストーリーやミッションを伝えることが重要であると、そうしたページづくりにも取り組んでいる。

特に家具のように単価が高く、検討時間が長い商品は、EC上での顧客とのエンゲージメントが重要だ。そこでいかにデジタルの世界だけで購買体験を完結できるかを重点課題とし、3DコンテンツやVRを活用。静止画以上にイメージしやすいサイト構築に努めている。

来店予約、オンライン接客を強化したのが、アパレルブランドの「ルルレモン(Lululemon)」。店頭で30〜60分待ちも多かった中、バーチャルウェイトリストで、順番が来たらメールが飛ぶシステムを採用した。また、ビデオを通じたビデオ接客をコロナ禍初期より着手、ブラックフライデーでは4000以上のライブビデオのアポイントを獲得した。

同社は20年7月に、在宅フィットネスプラットフォーム「ミラー(Mirror)」を買収。オンラインフィットネスに加え、18店舗でスタッフと顧客がミラーを体験できる環境へと変化させた。これは店舗での顧客体験の価値を高めるもので、現段階ではテスト中だが、今後も実店舗への展開を拡大する予定だ。

アパレルブランドでオンラインとオフラインをつなげ、顧客体験価値を高めるのが「スーツサプライ(SUITSUPPLY)」だ。オンライン上で好みのスタイリストから直接接客を受けられる「バーチャルショッピング」を提供。オンライン接客の後、実際に来店して試着したい場合は、来店予約を活用する。来店前に顧客とつながることで、好みに合ったアイテムと試着室を事前に準備することができるようになったのは、コロナ禍での新たな収穫であった。

 

④DXで環境変化に素早く対応

 

コロナ禍における環境変化に素早く対応すべく、ますますDX(デジタル・トランスフォーメーション)化が加速している。NRF2021で語られたDXのトレンドは、即座にシステムの開発・修正ができるローコード開発※1の拡大や、アジャイル型の開発体制※2の構築、そしてシステム開発の内製化だ。

例えば、セールスフォースでは誰でも簡単にアプリケーションを開発できるサービス「ライトニングプラットフォーム」を提供。セールスフォース側で新機能を頻繁にリリースするため、常に進化したサービスを体験できる。さらに名刺交換アプリなど、外部システムとの連携も可能。必要なシステムを連携するだけでよく、開発の最小化を叶える。

目まぐるしく変化する状況に対応するため、初めは小さくつくり、将来の成長に向けてスケールすることもDXを加速させるためには重要な要素。最小限の機能から始め、テストラン、フィードバックを受けて修正という短いタームで行うことで、細かな修正に即座に対応、より現場が使いやすいシステムが構築できる。

百貨店「メイシーズ(Macy’s)」は、環境変化に合わせ素早くサービス提供をするべく、カーブサイドピックアップのアプリを数週間でローンチした。さらにスーパーフレキシブルに、状況に合わせて柔軟な方向転換が必要であると、300人のエンジニア採用を推進している。よりアジャイルに、新たなニーズに対応していく準備を進めている。

 

※1 できるだけコードを書かず、素早くアプリケーションを開発する手法。セールスフォースやマイクロソフトなどが「ローコードアプリケーションプラットフォーム」を提供する

※2 仕様の変更などに素早く、柔軟に対応するためのシステムやソフトウエア開発の手法。おおよその仕様だけで細かく反復開発を行い、実装、テスト、実行を繰り返し進めていく。



 


解説者:小川 哲
株式会社セールスフォース・ドットコム
インダストリートランスフォーメーション事業本部 小売消費財業界 シニアマネージャー リテール・ストラテジスト