「トランプ2.0」が本格始動します。これから米国テック業界は、規制緩和と先進的なルール作りによって大きな変革を迎えると予想されています。すでに、官僚機構の効率化やAIや暗号資産の活用推進のための人事が進められており、市場はいち早く反応しています。
本記事では、「トランプ2.0」がテック業界に与える影響について、政権人事と注目のテック分野で予想される動向を考察、解説します。
目次

石角友愛 Tomoe Ishizumi
2010年にハーバードビジネススクールでMBAを取得したのち、シリコンバレーのグーグル本社で多数のAI関連プロジェクトをシニアストラテジストとしてリード。その後HRテック・流通系AIベンチャーを経てパロアルトインサイトをシリコンバレーで起業。東急ホテルズ&リゾーツのDXアドバイザーとして中長期DX戦略への助言を行うなど、多くの日本企業に対して最新のDX戦略提案からAI開発まで一貫したAI・DX支援を提供する。2024年より一般社団法人人工知能学会理事及び東京都AI戦略会議 専門家委員メンバーに就任。
IT最新事情 第3版
世界4,000人のITリーダーから得た調査結果から、AI・自動化・セキュリティなど最新のトレンドを探ります。

「トランプ2.0」のインパクト
2024年11月6日(日本時間)にトランプ氏が米国大統領選に勝利し、2期目となる政権運営が決定しました。いわゆる「トランプ2.0」は、米国のみならず世界の政治や経済、軍事に大きなインパクトをもたらすといわれています。
「トランプ2.0」が確定すると、市場の反応は速く明確でした。S&P500やNASDAQ100をはじめとした米国株式市場は次々に史上最高値を更新し、世界各国の株価を引き上げる結果となりました。暗号資産市場も例外ではありません。主要銘柄であるBTC(ビットコイン)は、1週間程度で30%以上の上昇を記録しています。
トランプ氏の「米国ファースト」は第1期政権で顕著でした。第2期政権でも米国ファーストは中心的な戦略基盤になるといわれています。米国が選択するのは、協調よりも競争です。就任前からトランプ氏はすでに関税の引き上げ、国境警備の厳格化、軍予算の効率化(同盟各国の軍事費増加要請)を明言しています。
「トランプ2.0」ではテック業界重視が鮮明化
トランプ政権1期目では、政治的な意図や国家安全保障上の懸念から、テック業界に関して否定的な発言もみられました。2019年7月には「規制を受けない仮想通貨は麻薬取引や他の不法活動などの違法行為を容易にし得る」と旧Twitter(現X)に投稿しています。AIに関しても、ディープフェイクを生み出すリスクを訴え、規制法(国防権限法の一部)にも署名しました。
しかし、「トランプ2.0」では一転して最新テックを重視し、イノベーションに舵を取るといわれています。そして、この考察はすでに発表された人事から読み取ることができます。
特に注目される人事は、デイビッド・サックス氏とイーロン・マスク氏、ビベック・ラマスワミ氏の政権重要ポストへの起用です。これらの人物はAIと暗号資産に好意的であり、実際にビジネスで大きな結果を出しています。

AI、暗号資産責任者にデイビッド・サックス氏
デイビッド・サックス氏は米国で最も著名なVC投資家の一人です。イーロン・マスク氏の元同僚(通称PayPalマフィア)であり、AIと暗号資産に理解の深い人物としても知られています。
「トランプ2.0」でサックス氏が担当する役職は、新設された「ホワイトハウスAI・暗号資産担当高官(Crypto Czar:暗号資産の皇帝)」です。実務では、サックス氏が科学技術諮問委員会(PCAST)の議長として、AIや暗号通貨に関する科学技術政策の立案と実施を指揮することになります。委員会人事では、AIや暗号通貨に好意的な専門家の起用が予想されます。
サックス氏が暗号資産投資を開始したのは、2013年。ちなみに、当時のBTC価格は100ドル程度でしたが、この頃から将来的な成長を確信していたようです。DeFiについても好意的であり、米国のWeb3規制には反対の立場を示しています。
特に注目されるのがDLTの社会実装です。すでにDePINによるインフラ整備事業がありますが、DAOの法的な位置づけや税制がネックとなっています。そのため、同氏は現状のWeb3規制を大きく変える可能性があるといわれています。
AI分野でも「AI技術の国防導入(統合)」と「AIイノベーションのためのスタートアップ支援」で、同氏は大きな役割を果たすとみられています。
同氏はAIのオープンエコシステムを支持していることで知られています。このことから、スタートアップのAI開発におけるビッグデータ利用が加速する可能性があります。
ビッグデータのAI開発・利用には、プライバシーの観点から懸念があがっています。対応も進んでおり、欧州のAI規制法では公衆での顔画像データはAI学習(商用)に使用できません。サックス氏はプライバシー規制よりも、AI開発競争に重心を置くと思われます。
また、国防についても関心を示しています。すでに米国防省ではC3.aiの生成AIソリューションを導入するなどDXでAI活用を進めていますが、「トランプ2.0」ではさらに戦術レベル(小部隊指揮や兵士の装備など)でもAI導入が進行するでしょう。
ココもチェック!
AI関連のスタートアップ支援はサックス氏の主要なビジネスの一つです。そのため、政府の要職に就くことでステークホルダーとして「公平性」の確保が評価されることになります。同氏が関係するスタートアップの支援、もしくは競合の排除などが起こった場合は、テック業界の健全な競争を妨げることにつながりかねません。フェアなAI・暗号遺産(Web3)ビジネス政策が求められます。
政府効率化省トップにイーロン・マスク氏
イーロン・マスク氏はTeslaやSpaceX、xAIなどの企業を創設し、2024年には個人保有資産(4000億ドル以上)で世界No.1となった起業家です。同氏も「トランプ2.0」で政府効率化省(DOGE: Department of Government Efficiency)を主導するポストに就くことが決まっています。
DOGEでマスク氏に求められる仕事として、官僚主義の廃止、過度な規制の削減、コストカット、連邦政府機関のリストラが挙げられます。
イーロン・マスクと言えば、2022年にTwitterを買収し、およそ80%にあたる6000名ものスタッフのリストラを実施した実績のある人物。その際の経験を政府の人員削減にも活かそうと考えているのでしょう。実際に、同氏は「連邦規制を大幅に削減し、大量解雇を監督し、いくつかの機関を完全に閉鎖する」「連邦政府の年間支出の約3分の1に相当する2兆ドル以上の節約が可能だ」といった過激とも取れる発言を繰り返し、話題を集めています。
もちろん、米国では経営者であり政治家ではないマスク氏がここまで表舞台に出ることを疑問視する声もありますが、政府支出を是正し、無駄をなくすことが大切な取り組みであることは明確。そのため、現地では「この試みがどのような結果を生むのか」を見守ろうという雰囲気もあるように思います。
また、マスク氏はAI開発に深く関わっていることと暗号資産への理解が深いことから、これらの分野の規制を緩和していくと予想されます。
マスク氏が就任する省庁の略称「DOGE」にも注目です。偶然でしょうか? 同氏がポスト(旧ツイート)でたびたび話題にする暗号資産銘柄「DOGE」のティッカーシンボルと名称が同じです。同氏の政権運営参加のニュースが報じられた後、暗号資産銘柄「DOGE」の市場価格は約3倍に上昇しました。なお、DOGEはTeslaの一部商品の決済に使用できます。暗号資産のユーティリティも規制緩和で高まるかもしれません。
ココもチェック!
AI・暗号資産に好意的な立場をとっているマスク氏ですが、過去にはAIの安全性を危惧した発言をし、カルフォルニア州の規制法に賛成の意を表したことがあります。AIの「安全性」は開発業者にとって大きなテーマですが、トランプ政権下ではさらに重要なポイントとなるかもしれません。
また、DOGE は正式な政府省庁ではないため、マスク氏の権限でアイディアをどこまで実行に移すことができるかにも注目が集まります。

政府効率化省の共同長官にビベック・ラマスワミ氏
マスク氏と同じくDOGEの共同長官に抜擢されたビベック・ラマスワミ氏もテック業界へ理解の深い人物として知られています。同氏はバイオテック企業Roivant Sciencesを設立し、AIを用いた製薬のDXを進めました。「トランプ2.0」でもAI技術によるコストカットなど、積極的な活用が予想されます。
暗号資産に関してもポジティブな立場をとっています。「リスクヘッジにBTCが役割を果たす」と言及していることもあり、「トランプ2.0」におけるBTC戦略備蓄の方針に影響を与えると考えられます。
ココもチェック!
DOGEの共同長官として、イーロン・マスク氏との意見の衝突も考えられます。両氏は強力なビジネスリーダーであり、自身の信念に基づいてビジネスを成功させてきました。そんな2人が、議論において簡単に妥協点を見出せるのでしょうか。両氏は政府機関や連邦職員のスリム化、テック業界のための規制緩和という方向性で一致していますが、どちらかというとラマスワミ氏の方がより急進的な政策(コストカットなど)を望んでいるようです。政策の規模やスピード感といったところで意見が分かれるかもしれません。これからの2人の関係性にも注目です。
テック業界の牽引役は、やはりAIと暗号資産
「トランプ2.0」の人事から、これからAIと暗号資産がテック業界の成長ビジネス分野としてさらに大きなプレゼンスを発揮することが読み取れます。しかし、なぜAIと暗号資産なのでしょうか。その背景をご説明します。
「ChatGPT」や「Claude」、「Midjourney」は多くの人に使われるようになりました。しかし、2024年末時点でのAIの主な仕事は人間のサポートです。出力にはハルシネーションもありますし、古くて役に立たない情報を提供することもあります。
しかし、AIはいずれAGI(Artificial General Intelligence=汎用人工知能)として医療、エンタメ、学術、軍事、政治などで人類を主導する可能性があります。その場合、自国で開発されたAGIの質が国家間競争をも左右することになるのです。他国の開発したAGIを使用することは国家安全保障上の脅威となるため、自国のAI開発を加速させることが国益を守ることにつながります。
もちろん、AI開発には懸念もあります。「AI界のゴッドファーザー」と呼ばれ、ノーベル賞受賞者として注目されたジェフリー・ヒントン教授は、かねてより「このまま際限なくAI開発を促進してしまえば、AIが人間よりも知能的に優れた存在となり、最終的に人間の制御を超える恐れがある。そのため、AIの開発を行う上では、やみくもな進化だけではなく倫理的側面も同等に重要視されるべきだ」という旨の主張を行っています。
PCASTの議論ではこうした有識者の意見を反映させることで、レギュレーションとイノベーションのバランスがとられることになるでしょう。

暗号資産はTradiFiと統合?
すでにBTCとETHは現物や先物ETFとして米国やブラジル、オーストラリアなどでトレードが可能です。特に米国における現物ETFの認可は、暗号資産に対する信頼性を向上させました。暗号資産ETFのトレードがより多くの国で認可されれば、暗号資産市場へさらなる資金流入が予想されます。長期的にみた場合、資産形成の手段としてBTCやETHはTradiFiと統合されていくでしょう。
また、CBDCも大きな金融テーマです。米ドルは覇権通貨ですが、CBDCによってその座を追われる事態も考えられます。SWIFTは独自にDLT導入のテストを行い、デジタル元やXRP、XLMに対抗しようとしています。トランプ氏の暗号資産フレンドリーなポジションは、来たる覇権通貨競争を有利に進めるための布石なのかもしれません。

中国の存在
米国にとって中国は主要な競争相手国です。AIと暗号資産(Web3)は次世代の成長分野なので、米国は中国との競争を優位に進める必要があります。
デジタル元(CBDC)開発では、社会実装実験と実用を同時に進めています。不具合も出ているようですが、リスクを許容(抑制)することができるため、開発スピードが落ちないことが中国の大きな強みです。こうした背景もあり、すでにデジタル元は、2023年10月に原油の国際取引で決済に使用されています。
おなじく、AI開発でも実験と実用が同時に行われるため、モビリティやロボティクスでのAI実装は米国よりも進んでいるとさえいわれています。CBDCと同じく、問題発生を許容することができるため、イノベーションが極めて速いのです。
AIと暗号資産は覇権競争においても重要な位置づけとなってくる分野です。中国の台頭に対して、トランプ氏は積極的な対抗策を講じていくことが予想されます。一方で、ビジネス上、中国との関係を重要視しているイーロン・マスク氏の動向にも注目です。対中国政策はトランプ氏とマスク氏の関係に亀裂を及ぼす要因になるのかもしれません。

日本がとるべき戦略
トランプ政権の積極的なAI・暗号資産戦略により、米国はテクノロジー分野でさらなる優位性を獲得すると予想されます。
一方の日本は、規制改革遅れや資本力不足、スタートアップ育成環境など、米国に比べて競争力が不足していると言わざるをえません。AIと暗号資産のグローバルスタンダード形成においても、主導的な役割を果たせていないのが現状です。
そのため、AIや暗号資産、スタートアップ支援などに関する投資をこれまで以上に拡大するのはもちろんのこと、日本独自の強みを活かした分野で競合優位性を確立することが必要です。
例えば、日本は人口減少社会である一方、高度に整備された社会インフラやデジタル化されたデータ資源が存在します。このデータを活用することで、医療や製造業、ロボットティクス分野でのAI開発を加速します。特に、医療や介護分野では超高齢化社会特有のデータを収集し、AIソリューションを開発することで、世界共通の課題に即した独自性の高い技術を開発できる余地があると考えます。
また、日本社会は信頼性や倫理観を重視する文化が強く、このことが国際的な信用度に繋がっています。この特性を活かし、AI開発において倫理的指針を確立し、国際的な規範づくりで主導的役割を果たすことも考えられるでしょう。
例えば、AIの利用におけるプライバシー保護、バイアスの排除、透明性のある開発などを重視したフレームワークを構築することで、「Made in Japan」の信頼を伴うAI開発ができれば、競合優位性となります。
そして、日本はロボット工学で世界をリードする国の一つです。この分野でAI技術導入を進めることで、「人と共存するAIロボット」の開発も期待できます。特に、介護用ロボットや教育ロボット、災害対応ロボットなどは、日本の社会課題を解決するだけでなく、国際競争力を備えた輸出品としての役割も期待できます。

このように、日本の強みや特性を活かし、社会課題を解決するAI技術を開発することで、国際競争の中で独自の位置を確立できる可能性があると考えます。同時に、日本特有の文化的・社会的背景を活かした「Made in Japan AI」のブランド価値を高めることも重要です。
まとめ
「トランプ2.0」の人事と関心分野を読み解くことで、これからの米国のテック業界を予想することができます。大きな変化として、サックス氏、マスク氏、ラマスワミ氏の政権人事起用で規制緩和や官僚機構の効率化が進むことが期待されます。
一方で、急速なイノベーションには課題も伴います。例えば、AIの安全性確保や暗号資産の税制管理は急務です。当然、日本企業も無関係ではいられません。今後の政権動向を見極めつつ、状況に応じた柔軟な対応と成長戦略が求められます。
テック業界におけるデータとAIのトレンド(英語)
テクノロジー分野の200人以上の専門家を対象に調査を行い、AIの時代をどのように乗り越えているかを探りました。
