神奈川県は、電話による救急相談「#7119」について、SalesforceとクラウドPBXを基盤に採択し、システムを刷新。電話相談を軸に、将来的にはチャット・LINE・Webをひとつの基盤でつなぐことを見据え、緊急度判定を画面上でわかりやすく標準化しました。
県民からの相談内容はすべてデータ化され、運用改善と分析に活用できます。119への直接の入電の抑制を目標に、年間約42万件以上の規模の相談に対応可能な体制を実現しました。
今後はAgentforceの活用によりオペレーターの判断を支援し、県民の利便性を向上することで、より安全で適切な受診行動を後押ししていく展望を描いています。
神奈川県は人口約920万人、横浜・川崎・相模原の3政令指定都市を抱える、日本有数の大規模自治体です。社会保障費の増大と少子高齢化、人手不足が同時進行する中、県は「持続可能な県政」を目指し、DXを重点施策として推進。健康医療局に「健康医療DXグループ」を新設し、医療だけでなく防災・福祉のデータ連携を視野に、医療サービスの質の向上と持続可能性の両立をめざしています。
“本当に必要な救急”を守る入口をつくり直す
行政救急「119」は命を守る最後の砦です。しかし、近年、軽症での利用や緊急性のない通報が増加しており、「本当に医療を必要とする人が利用できない」「医療現場の負担が増加している」という危機にさらされています。
この問題を解決するべく、神奈川県が取り組んだのが、全県※における「#7119」(かながわ救急相談センター)の導入でした。「#7119」とは急な病気やけがの際に、家庭での対処方法や医療機関の受診、救急車を要請したほうがいいか、どの医療機関が受診可能かなどについて、24時間365日、電話相談に応じるサービスです。
※横浜市では先行して運用が開始されていましたが、神奈川県により2024年11月から全県展開しました。
しかし、過去導入済みの自治体の運用体制では課題があることが分かっていました。緊急度判定や相談対応の質がオペレーターの「個人の経験や判断力」に依存していた点です。
緊急度判定は総務省消防庁が策定する「緊急度判定プロトコル」に基づき、緊急性の高い順から“赤・橙・黄・緑・白“に分類され、”赤“は救急搬送が必要な危機的状態です。
しかし、緊急度判定プロトコルのみでは、安全を優先するあまり、緊急度が最も高い「赤」と判断されるケースが増加する傾向にありました。看護師資格を有するオペレーターがより精緻にヒアリングをすることにより、「赤」以外の結果となることがこれまで経験則上判明していますが、個人の判断に依存する体制では、なぜ「赤」以外と判断されたのかという分析が十分に行き届いていなかったことも、こうした状況に繋がる一因でした。
精緻にヒアリングするということは、応対時間が増えてしまうということであり、数多くの相談に対応しなければならない現場にとって対応時間の削減と品質の向上というジレンマに陥っていました。そういった状況のなか、医療の現場からは「赤の判定比率を抑え、救急車の出動は本当に必要な場合に限定してほしい」という強い要望が出ていました。
必要だったのは、誰が対応しても同じ品質でより最適な判断ができ、需要が急に増えても対応可能な“入り口”としての仕組みです。
「#7119」が「不安を安心に変える窓口」として機能すれば、119と医師の負担を減らし、適切な受診につながります。「医師の働き方改革」などに伴い、減少することが見込まれる救急医療提供体制を下支えするという目的も達成できます。
使いやすい画面、止まらない運用、たまり続けるデータ
県がまず着手したのは、オペレーターが現場で迷わずに対応できるような画面づくりから。質問に沿ってクリックするだけで“赤・橙・黄”の緊急度が一目で判別できる画面が実装されたことで、新人でも操作しやすい環境が整いました。
特徴的なのは、現場が混乱しないように、横浜市での旧システムに近づけて設計したこと。救急医療相談業務に特化した独自のUIの構築に成功しました。
電話はクラウドPBXと接続され、完全クラウドでの運用が開始されました。これにより最大60席の相談窓口が安定して稼働できるようになりました。現在は一拠点で対応していますが、クラウドベースのシステムであるため、場所に縛られない柔軟な運用も可能です。これにより、災害や感染症の拡大時にもサービスを継続できる体制の構築が期待されます。安定的に稼働しており、音声品質も問題なく運用されています。
また、病院の受け入れ状況をより正確に案内できるよう、厚生労働省が公開しているデータ(ナビイ:医療機能情報提供制度)に県独自の情報(当番輪番情報など)を組み合わせることで、より役立つ情報を県民に提供できるようになりました。
令和7年度の計画としては、オペレーターが使っている緊急度判定や医療機関案内などの機能を、Experience Cloudによって県民が直接使えるようにWeb化することを進めています。それにより、症状や居住地などを入力するだけで、緊急度判定や医療機関の検索ができるようになります。このWeb画面とLINEを連携させることで、「誰にでも使いやすいシステム」を実現しています。
こうした通話やチャット、LINE、Webでのやりとりは、すべてSalesforceに蓄積されます。よって「どんな質問や説明が判定を分けたのか」を後から確認・参照することができます。
データはTableauやData Cloudを活用して分析でき、オーバートリアージ(緊急搬送の必要がないのに赤に分類してしまうこと)の是正や案内文言の見直しにも活用できます。将来的には救急搬送実績の他にも、福祉、防災など他分野のデータとかけあわせて分析することで、潜在する各種課題の解決につながる、プッシュ型の高度な行政サービスへと展開することも視野に入れています。
Salesforce導入によるシステム構築を行うことで、119への不要不急の入電を抑えることを目標に、年間約42万件規模の相談に対応できる“強い入口”を手に入れました。Salesforceの導入・運用パートナーとしてトランスコスモスが全面支援。AIやデータ活用など、豊富なノウハウを活かしたCX強化とデジタル変革を推進し、県民の方に向けたサービス向上を支援しています。
現在、#7119の利用比(人口あたりの利用率)は全国平均で2.4%ですが、横浜市では市民の約9%利用していたという実績があります。神奈川県は現在約2%ですが、今後広報を通じて9%に近づいていくと見込んでおり、入電数は今後も増え続けると予想しています。
Salesforceは求める機能が網羅された『オールインワン』のプラットフォームです。ゼロから構築するのではなく、すでに確立されたCRM基盤の上に必要な機能を積み上げるだけで、現場運用に耐えうるシステムが早期に実現できる──その柔軟性と完成度の高さが、Salesforceを選んだ最大の理由です。
佐々木 元 氏健康医療局 保健医療部 医療企画課 健康医療DXグループ, 神奈川県
“すぐ変えられる” “全部つながる” “使うほど賢くなる”
事業の性質上、現場の実情等に応じて臨機応変に対応を変えていく必要がありますが、変わるたびに運用が止まってしまうような仕組みでは、県民の生活を守ることができません。Salesforceは、画面や判定フローをノーコード/ローコードで素早く更新できるため、運用を止めることなく、最新の通知や運用方法に合致させることができます。
もうひとつの強みは「全部つながること」です。電話、LINE、チャット、Web、SMSをひとつの基盤で扱えるので、相談の履歴や本人確認、権限管理まで同じ考え方で運用できます。もちろん医療情報を扱ううえで必要なセキュリティと監査性も確保可能です。
そして「使うほど賢くなる」ことも重要な特長です。会話の内容、判定、結果がデータとして残るため、どこで迷いが生まれ、どの言葉が安心につながるのかを分析・学習できます。
将来的にはAgentforceがその学習結果を活用して、オペレーターに「次に確認すべきこと」や「適切な案内」を提案することが可能となります。属人的な巧みさ・対応力を、チーム全体の標準へと昇華させることができます。
Salesforceは“すぐ変えられる”“全部つながる”“使うほど賢くなる”という3つの力を“ひとつの器“で提供します。
#7119が“入口”となって救急医療へのアクセスを最適化することで、救急医療体制と県民のを同時に守ることができる————それを可能とするのが、この“器”なのです。