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第二回:顧客の変化にどう対応すべきか

第一回:マーケティングの“民主化”

田中教授の連載2回目。情報が溢れている現在、どのように熱狂的なトレンドが生まれるのでしょうか。3つの顧客の変化を通じて分かりやすく解説します!

vol.2 顧客の変化にどう対応すべきか

マーケティングに何が起こっているか

前回 Vol.1 では、マーケティングの歴史を紐解き、デジタルテクノロジーの進化に伴う 3 つのポイント「マーケティングの復権」、「新しいマーケティングプレーヤーの登場」、そしてマーケティング復権の中で、STP などの「マーケティング原理が本格的に活かされる」ようになったことについて述べました(詳細はこちらをご覧ください)。

今回はこうした変化を踏まえて、顧客はどう変化したのか、マーケティングのアプローチはどう変化したかを考察したいと思います。ここでは顧客の新しいトレンドを以下の 3 つの面から見ていきたいと思います。

トレンド 1 :「玄人はだしの情報を発信する、”コノソワール”化した顧客」

トレンド 1 :「玄人はだしの情報を発信する、"コノソワール"化した顧客」

コミュニケーションテクノロジーの発達によって顧客の側はどのように変化してきたのでしょうか。 よく指摘されるのは、顧客が情報過多に陥っている という見方です。つまり、顧客はあまりに情報が多く、意思決定に時間やコストがかかっているというのです。このように私たちが情報過多に陥っているという 指摘はすでに 40 年近く前の 1970 年代からありました(通信白書、1978)。しかし、幸か不幸か、私たちはまだ情報の洪水におぼれてはいないように見えます。

なぜ私たちはサバイバルすることができているのでしょうか。それは、私たちが本能的に、情報過多を克服する術(すべ)を知っているからです。

ここでは、情報過多についての古典的研究である、社会学者のミルグラムとマーケティング研究者のジャコビーの成果を参照しながら、考察してみます(田中洋「情報過多」)。

私たちは情報過多という状況に対して、多すぎる情報をやりすごそうとします。つまり、人は、自分の限られた役割に閉じこもって、無用な他人とは関わ らないといった「冷淡」な態度を取るようになります。私たちは仕事で忙しくなると、まさにこのような態度を取ります。例えば、多忙時にお店の店員が来客に 冷淡になったり、お客が店員を呼んでも振り向かず、お客に最小限しか注意を向けないことがあるのはこのためです。

しかし一方では、ブランドに関する情報量が増大すると、自分の選択への満足が高まり、自分の選択がいっそう確かなものとなります。店頭で品ぞろえが 重要なのはこうした理由からです。ただし、情報が多すぎるとどれが一番良いブランドの選択が難しくなり、満足に選べなくなる場合もあります。情報過多にも 良い面も悪い面もあるのです。

これらの見解にもうひとつ私が付け加えたいのは、情報過多な状態にある顧客は、情報を「消化」しやすい仕方で摂取する、ということです。例えば、動画は情報量がテキストよりも格段に多いのですが、テキストよりもはるかに消化しやすい。

当然のことですが、インターネットや電子的なデバイス、あるいはキュレーションのような工夫はこうした情報過多に対応しています。今から 70 年ほど前、1945 年 7 月にアトランンティック・マンスリー誌に掲載された、当時の米国有数の科学者であったブッシュ博士の “As We May Think” という記事では、人間の情報過多に対応して、Memex という名前の機械が書物などあらゆる情報がグラフィックスの形で蓄積され出力される発明が出現することが構想されていました。

こうした構想が70年前に存在したこと自体、驚くべきことです。現在ではこうした構想がかなりな程度実現され、環境が私たちにとって情報処理しやすいものに変化していることは言うまでもありません。

つまり、顧客たちは過多な情報を適当にやり過ごしつつ、一方では、情報をわかりやすく記憶しやすい形に加工して、摂取し、処理するようになったと言 えるでしょう。入ってくる情報の量をコントロールしつつ、自分の選択への満足を高めるように顧客は情報を摂取しているのです。このために私たちはまだ情報 洪水の中でもおぼれずに済んでいるというわけです。

こうした状況下で、情報処理に長けた一群の顧客が出現しています。それが「情報コノソワール」たちです。コノソワール(connoisseur)と は、「通」、「目利き」あるいは「玄人」(くろうと)という意味です。キュレーターと近しい概念ですが、引用するだけではなく、玄人はだしの知識を有して いて、各分野で積極的に発信していく存在です。

例えば、クックパッドでは、お料理好きのレシピ・コノソワールたちが日々競っています。「Yahoo! 知恵袋」では、「回答者ランキング」によってさまざまな生活分野に相談相手になるコノソワールたちがいることがわかります。このコラムの後にも出てくる 「温泉の達人」である一般の人々も、まさに情報コノソワールという存在です。

こうしたコノソワールたちにとって、情報過多という状況は問題ではありません。彼らは数多くの情報を上手に処理し、そこから創造的なアウトプットを 出し続けています。コノソワールたちはいわゆるイノベーターとは異なり、情報流通のうえでのひとつのハブとなっています。我々がマーケティング情報を発信 するとき、このようなコノソワールを意識すべきなのです。

トレンド 2 :「タコツボ化する情報」

トレンド 2 :「タコツボ化する情報」

インターネットが普及した社会において、マスメディアが発達した社会とは異なる特徴が生じてきました。それは社会における情報やモノゴトの普及の 「タコツボ化」です。タコツボ化とは、情報がまんべんなく世間に浸透するのではなく、世間の一部に浸透がとどまるけれども、その一部では熱狂的に受け止め られるような現象です。

かつての流行現象は人口の数十パーセントに及びました。例えば、テレビの視聴率をみてみましょう。ビデオリサーチ社による高視聴率の歴代ランキング (「全局高世帯視聴率番組 50」)では、高視聴率を記録したテレビ番組トップ 50 のうち、2000 年代以降の番組は 3 つだけで、その 3 つすべてがサッカーの日本代表のワールドカップの番組なのです。トップ 50 に入るためには 50 %近い世帯視聴率が必要です。つまり数千万人の規模で同時にひとつのコンテンツに触れることがかつての流行現象であったのです。

現在では、ブームや流行という現象はより小型化しているように思われます。

例えば、2013 年に起った「コップのフチ子さん」というカプセルトイは 300 万個を売り上げました。これは(一人一個買っているとして)人口比にして 2 %程度の流行現象です。

また、毎年 5 月には東京の代々木公園でタイフェスティバルが開かれますが、これには 35 万人が参加します。これは日本全体の人口比 0.2 %の現象です。AKB48 のファンはどのくらいいるでしょうか。あるブログ(戯作工房)の推定では、一般的ファンは 50-60 万人程度ではないかと考えられています。これは人口の 0.5 %弱に過ぎません。

限られた事例からの推定ではありますが、現代において流行はおそらく人口の数%くらいで担われているものではないかと考えられます。そして、これと同じことが情報の面でも起っていると推定されるのです。

パリサーの『閉じこもるインターネット』によれば、インターネットという存在は今日では開かれたものではなくなったというのです。「フィルターバブ ル」(自分が好むものを推測する予測エンジン)によって、ウェブ上では、カスタマイズされた自分が好む種類の情報にしか触れることができなくなったことを 述べています。

こうした傾向を総じて言えば、インターネットによる情報拡散は、社会全体の一部に浸透する、つまり「タコツボ」のように社会のあちこちのグループによってシェアされていると考えられます。

こうした情報のタコツボ化に見合ったコミュニケーション戦略として「ネイティブ広告」が挙げられます。ネイティブ広告とは、オンライン上の「記事体 広告」のことです。そのウェブサイトの記事スタイルとコンテキストを踏襲しながら、「広告」「PR」という表示をつけて露出される広告物です。

P&G 社は、かつてマスメディア広告を駆使して、マーケティングを成功させてきた消費財企業として知られています。現在では、このネイティブ広告をうまく使って成果を挙げているのです(「P&G が継続出稿…」)。

例えば、クルマ専用消臭芳香剤のファブリーズ広告は、「女子の声からわかったメンズのモテテク」つまり、車内空間の演出をモテテクとして紹介、 500 万 PV を達成し、NAVER まとめ「スポンサードまとめ」PV ランキング(2014 年 4 月~ 2015 年 3 月)で第一位を獲得しています。クルマをもって女子にもてたい、という男性セグメントという「タコツボ」に対応して、ネットの特性を活用して成功した事例 といえるでしょう。

トレンド 3 :「顧客の声を聴く顧客」

トレンド 3 :「顧客の声を聴く顧客」

三番目の顧客の変化とは、顧客自身が顧客の声を聴くようになったことです。

その背景には、顧客の一方的なマーケティング情報への反発と顧客情報の交流の活発化があります。

インターネットの日常生活への影響が強くなるにつれて、企業発のマーケティング情報が広告・記事という形を問わず、数多くインターネットにアクセス する消費者に届くようになりました。消費者はこうしたマーケティングコミュニケーションに対して無視するか反発する傾向が強まってきました。

加藤公一レオ氏によると、あるポータルのディスプレイ広告のクリック率は 2000 年ごろ 1.05 %あったのに比して、10 年後の 2011 年には 0.19 %に低下したと言います。消費者のインターネットマーケティングへの態度はこのような「クリックしない」「無視する」という消極的な反発から、「炎上」と いう、より積極的な反発に至るまで、さまざまな形を取ってきました。

その一方で、マーケターの責務として重要になってきたのが、顧客同士の対話を促進させるようなマーケティングです。なぜなら、顧客は、すでにその商 品を経験した顧客の言うことをより信用するからです。顧客がつくったブランド・コミュニティを、顧客からの反発がない形でサポートするのは対応例のひとつ です。

また、こうした顧客同士のインターアクションだけでなく、新しい形のインフルエンサーが重要視されるようになりました。ブランド・アンバサダーやブ ランド・エバンジェリスト、あるいは、リード・ユーザーなど、さまざまな呼び方があります。これらは、いずれも、顧客の代表としてブランドの声を代弁して くれるような存在です。先に書いた情報コノソワールはまさに顧客が声を聴きたい顧客なのです。

例えば、あるリゾート会社では、雑誌の広報対策として、従来のようにプロである編集者や観光評論家をターゲットとして広報活動を行う代わりに、「温 泉の達人」のような一般人であるけれども、特定の分野に詳しい人たちを対象として広報活動を行っています。これも、信頼されるインフルエンサーの形が変 わってきた事例なのです。同様に、BtoB の広告でも、優れた先行事例を紹介する、事例広告は有効な訴求方法として一般に用いられるようになっています。

これらの現象は、顧客がマーケターの声よりも、仲間である顧客の声を聴いて判断するようになったことを意味します。つまり、興味深いことに現在では 「顧客の声」を一番聞いているのが顧客自身なのです。現在において、マーケターのなすべきことは、自分が顧客に向かってシャウトすることではなく、別の顧 客に自社の商品について話してもらうことなのです。

今回取り上げた顧客の3つの変化~「情報コノソワール」、「情報のタコツボ化」、「顧客の声を聴く顧客」~に対応することで、今後のマーケティング戦略立案に何らかの示唆を得ることができるのではないでしょうか。

【参照文献】

  • Bush, V. (1945). As we may think. Atlantic Monthly, July pp. 112-124
  • 戯作工房
  • 加藤公一レオ「”加藤公一レオ”の『広告業界的ぶっちゃけ話』」
  • 情報通信政策研究所調査研究部 (2010)「我が国の情報通信市場の実態と情報流通量の計量に関する調査研究結果(平成 21 年度) ―情報流通インデックスの計量―」
  • 総務省(1978)『通信白書』
  • 田中洋 「情報過多」 毎日新聞SPACE
  • イーライ・パリサー (2012) 『閉じこもるインターネット グーグル・パーソナライズ・民主主義』 早川書房
  • 「P&G が継続出稿、CSR 広告も人気 ─ NAVER「スポンサードまとめ」人気ランキング」 日経デジタルマーケティング
  • ビデオリサーチ 「全局高世帯視聴率番組 50」

Hiroshi Tanaka 中央大学ビジネススクール教授

1951年名古屋市生まれ。マーケティング論・ブランド論専攻。京都大学博士(経済学)。電通でマーケティングディレクターとして21年間実務を経験して 後、法政大学経営学部教授、コロンビア大学研究員などを経て現職。社会人のための夜間・土日開講のビジネススクールでマーケティングとブランドの教鞭を執 る。日本マーケティング学会副会長。著書・共著に『消費者行動論』(2015)、『マーケティングキーワードベスト50』(2014)、『ブランド戦略全 書』(編著、2014)、『ブランド戦略・ケースブック』(2012)、『マーケティング・リサーチ入門』(2010)、『消費者行動論体系』 (2008)、『企業を高めるブランド戦略』(2002)など。日本広告学会賞(3回)、中央大学学術研究奨励賞、日本マーケティング学会ベストペーパー 賞、東京広告協会白川忍賞などを受賞。多くのグローバル企業で戦略アドバイスや社内研修を行う。

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