紙文化からの脱却。顧客の特徴を”コンテクスト”から捉えるシステムへ
JTBがSalesforceに取り組んだのは、いわゆる「デジタル化の遅れ」という課題を抱えていたためでした。日本の観光業界には紙文化が長く残っており、いまでも宿へ着けば紙のファイルをめくりながら予約情報を探すフロントスタッフの姿を至るところで見かけます。そのため、B2Bビジネスにおけるパートナーに、一気に変革を迫ることは難しいでしょう。
しかし、お客様サイドはどうでしょうか。法人顧客である企業はデジタルを使っています。実際にサービスを利用してくれる企業内個人の大半は、スマートフォンを日常的に使用しています。それなら、社内に集まってくる情報はすべてデジタル管理し、紙プロセスの二度手間、三度手間をなくすことができそうです。
そうしてJTBは、本来の強みである人と人とのコミュニケーションにデジタルの力を融合し、顧客の期待を超える価値を提供するという変革ビジョンを策定。まずは2013 年に、法人事業から本格的なデジタル化をスタートさせることにしました。
これは、旅行事業としても先進的な取り組みでした。現場では、数多くの紙の資料を運用していました。営業拠点ごとに運用方法の違いもありました。それらをすべて、Salesforce上で吸収し、業務プロセスの統一を図りながら効率的に管理できるようにします。目標をシンプルに紙の廃止に置いてパイロットプロジェクトを実施したところ、年間に従業員50 人分の効果があると試算。初めてのSalesforceプロジェクトにゴーサインが出ました。
このプロジェクトは、要件定義からおよそ1 年でシステム稼働に漕ぎ着け、その後わずか1か月半で全国100 拠点へと展開。情報をデジタルで管理できるようになったことで、業務品質が向上。すべてをWebで完結できるようになったことで顧客の利便性も高まり、セルフサービス化により情報収集スピードも向上しました。
カスタマイズ商品である法人向けツアーでは、すべての要件を統一することはできません。その際にはHerokuを使って専用Webページを整備するなど、柔軟性にも富んだシステムが完成しました。
このシステムをベースに、JTBはSalesforce利用を拡大。Sales Cloudによる営業情報の集約や、Marketing Cloud Account Engagement (旧 Pardot)を使った情報発信など、顧客とのすべてのコミュニケーション内容をSalesforceに蓄え、それを生かして顧客サービスを強化する仕組みへと発展させました。
常務執行役員 ツーリズム事業本部 副本部長 檜垣 克己氏は、「Chatterで社内のコミュニケーションが活性化したことも成果のひとつです」と話します。「ある支店の悩みに対して、別の支店からアドバイスを提供したり、成功事例を共有したり、担当者が直面するお客様の課題に対して、本部を介さずとも全社で即応できる態勢を整えることができました」。
たとえば、修学旅行は巨大市場です。毎年のように入札が行われ、ライバルも多いのです。同じ条件でより良い提案をするために、これまでは担当者の力量や支店のノウハウが問われてきました。しかし、いまでは全国で知が共有されています。顧客から好評だった提案内容は瞬時に共有され、支店ごとに異なるクライアントのニーズを加味して味付けし、活用することができるのです。「デジタル化と言えば、定量情報のデータ化に目が行きがちです。しかし、数値化できない定性情報を含めて、デジタル上でやり取りできることに大きな価値を感じています」(檜垣氏)
B2CビジネスにおいてJTBの扱う商材は、旅行です。法人が顧客の場合、出張や研修旅行など、ほとんどの場合、明確な目的を持って顧客は旅行商品を購入してくれるが、B2Cビジネスでそうはいきません。「なぜ山に登るのか」、「そこに山があるからだ」という噛み合わない会話に何となく納得できてしまうように、人が旅に出る理由は極めて情緒的なのです。
そのため、旅行業界において、顧客データは合理的な消費者を想定する他業界とは違った扱い方を求められます。さらに、データは購入時点で確定するわけではなく、購入以降のプロセスにも気を配らなければなりません。購入は予約を意味し、その後にキャンセルされる可能性もあります。出発前に予定を少し変更するケースもあります。そのため、旅行が終了した時点で、すべてのデータが確定することになります。そして旅行前から、交通機関や旅館、アクティビティなど、顧客が接するさまざまな関係先とデータを共有しておく必要があるため、セキュリティにも気を配る必要があります。
これらの課題は優れたデジタル基盤の運用によって担保できますが、データの中身にも大きな違いがあります。購入頻度は日用品より長く、保険や自動車より短いのです。そして、そのために離脱をつかみにくいのです。年に何度も旅行に行く顧客が、すべての機会にJTBを利用してくれているとは限りません。そのため、「四半期に1 度利用してくれるお客様」は、確かに優良顧客ではあるのですが、「旅行機会の3 分の1でJTBを利用してくれているにすぎず、もっとアプローチしてウォレットシェアを高めたいターゲット」かもしれません。
このため、多くの業界で使われているRFM分析をそのまま適用することは難しいのです。セグメントの切り方も、年齢や性別、居住地、購入金額などの単純属性で判断すると、ターゲットを間違えてしまう可能性が高いのです。旅行は情緒的なものであり、旅に出ようという思いは人それぞれです。そして、顧客がその土地を初めて訪問するのか、それともかつて住んでいたなつかしい土地を訪れたのか、予約情報だけで判断することもできません。