主なポイント
- テキサス州カイル市は AgentforceによるAI駆動型の311システム(*1)を導入して公共サービスを一元化することで、住民要望への対応の効率を大幅に改善しました。
- 導入にあたっては、マニュアル作業の課題抽出から、データレイクによる技術的基盤の構築、AWSとData Cloudの統合、徹底した検証や職員および住民への周知、継続的な最適化が実施されました。
※本記事は2025年8月19日に米国で公開されたHow a Texas Boomtown Used AI to Reinvent City Governmentの抄訳です。本記事の正式言語は英語であり、その内容および解釈については英語が優先されます。
昨年3月、市長補佐のジェシー・エリゾンド(Jesse Elizondo)氏は通勤中に道路にできた陥没を発見しました。彼は車を停め、携帯電話を手に取り、市が新たに導入した311モバイルアプリを開いて危険性を報告しました。翌朝、彼が車で出勤する頃には、その陥没はすでに補修されていました。
従来では考えられなかった迅速な対応が、Agentforce導入によって現実のものとなりました。
「これまで住民が道路の陥没を報告するには、適切な部署を探すために複数の番号に電話をかけ、最終的に市がいつか対応してくれるのを待つしかありませんでした」とエリゾンド氏は語ります。
現在、カイル市のほぼすべての公共サービスがAgentforceによるAI駆動の311システム(英語)に統合されています。急成長するオースティン近郊のこの街では、住民が数回タップするだけで、公共の安全上の危険、街灯の故障、衛生問題、落書き、水漏れなど、さまざまな問題を通報することができます。さらに、解決までの目安の時間や進捗状況を追跡し、他の住民による報告内容も地図上で視覚的に把握できます。
昨年3月に稼働を開始して以来、この311システムには1万2,000件を超える住民からのリクエストが寄せられ、その約90%が初回の問い合わせで解決に至っています。平均的なサービスリクエストは現在、2.5日以内に処理されており、これは市の担当者が当初予想していたよりもほぼ2倍の速さです。さらに、新システム導入にかかった費用をすでに上回る節約効果を、無駄や非効率の削減によって実現しています。
「問い合わせを解決するために5人以上に取り次がれたり、長く面倒な手続きを踏んだりする必要はなくなりました。リアルタイムで道路の陥没が修復されるのを目の当たりにできることは、自治体職員としてのやりがいにつながります。住民に役立つシステムを作り上げ、それが即座に機能するのを見られることは、本当に特別な体験です」とエリゾンド氏は語ります。
ステップ1:課題の特定
2023年にブライアン・ラングリー(Bryan Langley)氏が市長に就任した際、カイル市の行政機関は、マニュアル作業中心の業務と情報のサイロ化という課題を抱えていました。各部署にはそれぞれコールセンターや、連携していない業務管理システムが存在しており、住民がシンプルな質問にすら回答を得られない状況が市議会でも問題視されていました。
行政サービス部 アシスタントディレクター ジョシュア・クローレイ(Joshua Chronley)氏は次のように述べています。「住民は『カイル市の職員だから、水道課や総務課のサービスについても知っているはずだ』と期待して公園課に電話をかけるのです。しかし、実際のところ職員はすべての情報を把握していないので、電話はあちこちたらい回しにされていました。私たちはどこで仕組みが崩れているのかを突き止める必要がありました」
ラングリー市長とエリゾンド氏は市議会と連携し、住民とのやり取りとサービス申請を簡素化するため、AIを活用した新しい311システムの戦略計画を立案しました。また、市はあらゆる選択肢を検討するため、幹部委員会を編成し、24時間いつでも問い合わせできる統一された窓口と、各部署に散在する情報を統合する方法について検討を始めました。また、申請されたサービスリクエストを各部署の業務システムに送信し、その進捗を追跡、完了を確認できる仕組みも求められました。
「私たちには、ユーザーフレンドリーで他のソフトウェアとも連携できる、カスタマイズ可能なプラットフォームが必要でした。現在使っているさまざまなソフトウェアと統合でき、私たちのビジョンを構築するために中核となるツールでなければなりませんでした」とクローレイ氏は語ります。
私たちには、ユーザーフレンドリーで他のソフトウェアとも連携できる、カスタマイズ可能なプラットフォームが必要でした。現在使っているさまざまなソフトウェアと統合でき、私たちのビジョンを構築するために中核となるツールでなければなりませんでした
行政サービス部 アシスタントディレクター、ジョシュア・クローレイ(Joshua Chronley)氏
ステップ2:技術基盤の整備
SalesforceとAgentforceの導入を決定した後、市のIT部門は、ハードウェア、ソフトウェアプラットフォーム、ネットワーク帯域幅、人員配置に至るまで、あらゆる観点から評価を行い、必要な内部リソースを整備しました。ユーザー認証のためにシングルサインオンを導入し、311システム向けのライセンス利用を連邦通信委員会(FCC)に申請しました。
IT部門は、市が活用しているさまざまなデータを一元管理するためのリポジトリとしてデータレイクを構築しました。これにはテキスト文書、画像、CSVファイル、スプレッドシート、地理情報システム(GIS)などが含まれ、AIエージェントの学習にも活用されています。
「舞台裏では大きな労力を要しましたが、IT部門はその使命を引き受け、見事にやり遂げてくれました。Salesforce基盤を支える大規模なデータリポジトリを構築してくれたのです」とクローレイ氏は振り返ります。現在、カイル市の311システムは、AWSとData Cloudを統合し、AWSがシステム統合を担い、Data CloudがSalesforceのデータベース管理をしています。
ステップ3:検証と改良
事前の準備期間は約2か月、本稼働までにさらに3か月を要しました。システム基盤のアーキテクチャは外部パートナーが構築し、別のSalesforceパートナーが311システムのAIエージェントの開発や検証を支援したことで、導入スピードが加速しました。
市の職員は安全なサンドボックス環境で、Web版とモバイル版アプリのテストを徹底的に実施し、IT部門や公共事業部門と密に連携しながら、通信が意図した通りに機能することを検証しました。
「実際に職員同士が席を並べて作業することで、コミュニケーションを途絶えさせることなく統一的なテストを行うことができました」とクローレイ氏は述べています。
ステップ4:職員と市民の教育
プロジェクトの重要な要素のひとつが、市民から電話があったときに職員が質問に答えられるように、市議会の議事録や議題を含む内部のナレッジベースを作成することでした。これにより、担当外の問い合わせであっても他部署へ電話を回す必要がなくなり、対応の効率が向上します。
この仕組みが整ったことで、カイル市では一部のコールセンター職員を、人手の足りない他の部署へ再配置することができました。一方で、残ったコールセンターの職員はAIエージェントとの新たな働き方を学ぶ必要がありました。
最大の課題のひとつは、職員にAIエージェントとともに働くという意識を持ってもらうことでした。
「新しい311システムの話を持ち出した当初、多くの職員は懐疑的でした。電話の対応量が増えすぎて追いつけなくなるのではと心配する声もありました。私たちは、住民からの問い合わせを単一プラットフォームに集約することで、サービス向上やコスト削減といったより良い成果につながることを、政策立案者にも職員にも丁寧に説明しました」とラングリー市長は語ります。
もうひとつの課題は、住民に新しい311システムの存在を認知してもらい、使い方を理解してもらうことでした。市は大規模な広報キャンペーンを展開し、市の公式サイトにインタラクティブ動画を掲載しました。また、正式稼働日である3月11日(311の日)にはローンチイベントも開催しました。
ステップ5:プロセスの最適化
アプリの公開後も、改善の取り組みは継続されました。クローレイ氏によると、稼働から数週間でいくつか小さな調整が必要であることが明らかになったといいます。
たとえば、311システムの報告を内部で振り分ける方法を一部変更する必要がありました。道路脇に放置された車両と、個人宅の芝生に放置された廃車では、異なる対応が必要になります。また、一部の道路はカイル市ではなくテキサス州交通局の管轄となっているので、その場合は「穴の補修には時間がかかる可能性がある」とアプリ内で明確に伝える必要もありました。
こうした背景を踏まえて、カイル市はAIエージェントを最適化し、ナレッジベースを拡充するとともに、市の組織構成に合わせてプロセスを調整していきました。
スマートシティの青写真として
311システムの成功を受けて、カイル市は新たな機能拡張にも意欲的に取り組んでいます。たとえば、市の保有資産に位置情報を付与することで、より細かな通報が可能となります。たとえば、「街路灯が1本切れている」という通報に対して、「どの街路灯か」まで指定できるようにすることで、さらに迅速な対応が実現します。
今後は、交通管理システムのデータ統合や、許認可・検査申請をAIエージェントで簡素化する機能の実装も検討しています。
「カイル市のような事例は、決して特別ではありません。Agentforceのようなプラットフォームがあれば、どの自治体でも311システムと同様の変革を実現することが可能です。ただし、それには組織のトップから各部門まで、本気のコミットメントとリーダーシップが必要です。
まずは自分たちのデータをしっかり把握すること、そして各システムが連携できる状態を整えることが欠かせません。そうでなければ、むしろ新たなサイロを生むだけで、うまくいくはずはありません」とクローレイ氏は強調します。
ラングリー市長は、まず市民へどのようなサービスを提供したいかという理想形から逆算する必要があると語っています。
「最終的な成果を念頭に置いて始める必要があります。私たちは常に、『市民にどのような成果を届けたいか』を明確にしていました。それが、どのような製品を導入し、どのように運営を構築し、実行に移すべきかという判断につながったのです」
*1:311は、アメリカで非緊急の通報や行政サービスに関する問い合わせに利用される番号です。
詳細情報:
- AIがコマースにもたらす転換点の詳細は、こちら(英語)。
- 小売業におけるAIエージェント影響とその詳細データについては、こちら。
- Engineのエージェント型コンシェルジュであるEvaがホスピタリティにもたらす革命については、こちら(英語)。
- 休暇予定の作成について、AIエージェントが果たす役割については、こちら(英語)。
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