SalesforceとKotoba Technologiesは、AI活用における2大リスク——”信頼・倫理”と”環境負荷”——に対処するため、「責任あるAI」戦略の具体的な実践アプローチを2026年6月のAgentforce World Tour Tokyo 2026 におけるラウンドテーブルで公開しました。本稿では、AIおよびAIエージェント活用に関するSalesforceの5つの原則とTrust Layer、そしてAI Energy Scoreの活用を解説します。
生成AIが普及してからわずか数年、AIの活用はますます進んでいます。しかし一方でAI稼働にかかる膨大な消費エネルギーやハルシネーションなどの倫理的リスクが課題となっています。6月に開催したAgentforce World Tour Tokyo 2026 でセールスフォース・ジャパンのソーシャルインパクトチームが中心となり「持続可能な社会の実現に向けた『責任あるAI』戦略とは」と題したラウンドテーブルを開催しました。この喫緊の課題に対してSalesforceと最先端スタートアップがどのように取り組みを進めているのか。持続可能なイノベーションを可能にする両社のアプローチをご紹介します。
AIによる社会課題が「経営リスク」になる時代、企業が取り組むべきこと
セッションのテーマである「責任あるAI」とはどういうことでしょうか。
セールスフォース・ジャパンでサステナビリティを担当する栗原綾子は、「生成AIやAIエージェントといったテクノロジーの進化は、ビジネスの効率化という明るい面をもたらす一方で、社会課題も急速に顕在化し、企業にとって大きな経営リスクになっています」と指摘します。

栗原が挙げたのは2つの課題です。
1つは「信頼とリスク」
AIの不完全さによるハルシネーション(AIの誤情報生成)や、データの偏見、プライバシー侵害は、企業の信用に関わる大きなリスクとなります。
もう1つは「環境負荷の増加」
AIの高度化に伴い、データセンターが消費する電力や水の量が増え、環境への影響や電力供給のリスクが懸念されています。倫理的で信頼でき、環境負荷を低減する「責任あるAI」に取り組むことが、企業の長期的な成功に欠かせないと語りました。
世界最先端の音声AIベンチャーに聞いた「責任あるAI開発」
続く対談には、リアルタイム音声基盤モデルを開発するKotobaTechnologies Japan CTOの笠井淳吾氏と、Salesforce Venturesでスタートアップ投資を担当する山中翔太郎が登場しました。
Kotoba Technologiesは「東アジアのデフォルトとなる音声AI」を目指すスタートアップです。同社が提供する翻訳AIは精度とスピードに定評があり、英語・日本語のリアルタイム翻訳の遅延はわずか2〜3秒ほど。同時通訳者に匹敵する速度であり、日本語と韓国語、英語とスペイン語のように近い言語であれば0.5〜1秒にまで縮まるそうです。書き起こした発話内容を大規模言語モデルが翻訳し、音声生成を積み上げる従来の翻訳AIと異なり、音声から音声へ一気通貫で処理する「エンドツーエンド」を実現しているからです。

同社のミッションである「言語の壁を壊す」ことは、笠井氏にとって重要な社会課題でもあります。音声分野では「英語圏や欧州の技術が日本の数年先を行く状況が続いてきた」とした上で、東アジアの技術をそれらに「並ぶ、あるいは勝てる」水準へ押し上げたいと語ります。また時差なく、言語の差もなく使えるリアルタイムの翻訳は、「海外企業のローカライズ支援など、ビジネスの現場でも価値を生むはずです」(笠井氏)といいます。
山中が音声AIならではの「責任」について笠井氏に尋ねると、笠井氏は「ボイスクローニング技術の危険性」について率直に語りました。笠井氏によると、声優はもちろん通話から人の声を奪ってコピーすることは「技術的には可能」ということですが、「それは絶対にやりません」とし、用途を限定して信頼できるエンタープライズにのみライセンスを提供する姿勢を強調しました。

さらに話題は組織のカルチャーへと広がります。笠井氏は、米国のAIフロンティア各社ではカルチャーが大きく異なると語り、それが各々の企業姿勢や開発に投影されていると紹介。企業規模が大きくなっても文化が保たれているのは、「リーダーシップがカルチャーを作るからです」と、経営陣の姿勢の重要性を語りました。
AI活用が進む企業の特徴として、笠井氏は「リーダーが技術に飢えていること」「メトリックやKPIを明確に持ち、繰り返し見直すこと」を挙げます。
そしてAIのエネルギー問題については、地政学とも切り離せないテーマだと指摘します。計算資源やエネルギーを握る米国・中国に対し、「日本も国産である程度の力を持つ必要がある」とした上で、特化型AIモデルやオンデバイスAIモデルの広がりにより、「必ずしも国内に大きなデータセンターを必要としない方向にも進んでいます」と述べました。そして、用途に応じた「適材適所」のモデル選択は、コスト削減の観点からも重要だと語りました。
日本で「責任あるAI」を広めるうえで、笠井氏が重視するのは「競争」です。補助金も特定企業に集中させるのではなく「広く分散する」べきだとし、競争こそが原動力になると語りました。そして、技術に強いスタートアップと、信頼を担保するプラットフォーマーが組むことのシナジーにも期待を寄せました。
Salesforceが実践する「責任あるAI」の3つの仕組み:
最後に、セールスフォース・ジャパン ビジネスオペレーション本部 テクノロジーイネーブルメント シニアディレクターの松尾吏がSalesforceが実践する「責任あるAI」の3つの仕組み、4Rフレームワーク(組織設計)Trust Layer(ガードレール)、 AI Energy Score(効率指標)の取り組みを紹介しました。

松尾が注目したのは、トークンコストの先にあるデータセンターのエネルギー消費です。AIの利便性の裏側にあるコストと環境負荷を正しく認識する必要があると述べました。
Salesforceは創業以来27年間、「信頼」を最も大切なコアバリューに掲げています。2018年にはAI「Einstein」の発表と時を同じくして、倫理的および人道的利用オフィス(Office of Humane and Ethical Use)を設立。現在は「正確性」「安全性」「誠実さ」「エンパワーメント」「持続可能性」という生成AIの信頼できる開発・利用に向けたガイドライン(5つの原則)を公開しています。
AIは非常に便利で何でもできる存在だからこそ、人とAIの関係性をどう設計していくかが問われます。Salesforceでは企業がAIエージェントを前提とした組織設計を行うための実践的な方法「4R」のフレームワークのもと、ヘルプサイトにおけるHelp AgentやインサイドセールスにおけるEngagement Agent の活用で生まれた余力を、人にしかできない仕事へのリスキリングにつなげているといいます。
これらの原則は社員の使い方だけでなく、製品にも組み込まれています。Agentforceの「Trust Layer」は、すべてのAIエージェントの相互作用にまたがる実行時の「ガードレール」で、プロンプトインジェクション対策やプライバシー情報のマスキング、有害コンテンツの検知などを自動で行います。また、AIの回答の良し悪しを最終的に判断できるのは人であるとして、人が判断しやすいユーザーインターフェースの提供にも力を入れていると語りました。
そしてサステナビリティの観点では、用途に応じたモデル選択の重要性を強調します。「議事録の文字起こしに最新・最大のモデルを使うのは、高度な専門知識を持つプロフェッショナルに単純な文字入力を任せるようなもので、もったいない」と例え、AIモデルのエネルギー効率に関するベンチマーク「AI Energy Score」を紹介しました。
また、Agentforceを活用する顧客・パートナー企業向けのパイロットプログラムについても言及。このプログラムでは、AIにおけるサステナビリティを「理解」し、自社のAgentforce利用に伴う環境フットプリントを「測定・評価」した上で、 その結果に基づき利用を「最適化」し、自社に最適な戦略を策定することを目指します。グローバルで先行して開始され、日本での展開に向け準備が進められています。
「AIはもちろん使わない手はありません。ですが一歩立ち止まって、改めてAIをどう使うのか、どんなリスクがあるのかを考える。今日がその気づきの一つになれば嬉しいです」(松尾)。
本ラウンドテーブルは、AI活用が当たり前になった今だからこそ、信頼とサステナビリティに向き合い、取り組むべき視点を提示しました。
クロージングにはセールスフォース・ジャパン 執行役員の遠藤理恵が登壇。

遠藤は「本日のセッション内容を皆さんに持ち帰っていただき、問題意識を皆さんのご同僚やパートナーの方々と共有することで、大きな流れにつながる第一歩を踏み出せると思います」と話し、企業・社会全体で「責任あるAI」を考え、取り組みを進めていく大切さを訴えました。
詳細情報:
- 信頼性、ガバナンス、AIガードレールによるAIの展開については、こちら。
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