IBMでキャリアをスタート、週末起業や育児との両立を経て製造業のCIOに。異色の経歴を持つSUBARUで執行役員CIO IT戦略本部長を務める辻裕里さん。
コロナ禍での急速なデジタル化、全社横断的な働き方改革を実現した今、辻さんが最も注力するのは「全社員をAIから置いてきぼりにしない」ための人財育成。役員から現場まで全員がAIを使いこなす全社変革を通じて、日本の製造業の世界に新たなDXモデルを示す辻さんに、その哲学やビジョンを伺いました。
目次
なぜTableauは顧客から愛されているのか?
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「3足の草鞋」を経てSUBARUへ
──最初に、これまで辻さんが歩んできたキャリアを教えてください。
辻:大学は工学部を卒業したのですが、就職活動ではこれからは情報技術の時代だと思い、日本IBMを選びSEとしてキャリアをスタートしました。
テクノロジービジネスの基礎から勉強させてもらい、やりがいを感じていたんですが、優秀な女性社員が結婚や出産を機に次々と辞めていく姿を見て、「いつか私も辞めなきゃいけない日が来る。別のキャリアの軸を持つ必要がある」と思ったんです。
そこで、女性の就業支援事業を手がける企業を友人とともに立ち上げました。平日はIBM、週末はスタートアップというダブルワークですね。
──その当時としては、異例のキャリアですよね。
ですね。あの頃は2人の子どもが小さかったですから、育児を入れればトリプルワーク(笑)。なんとか3足の草鞋を履いてやりくりしていたのですが、今の状態は体力が長くは続かないと思ったのと、立ち上げた企業が軌道に乗ってきたのでIBMを退社したんです。

株式会社SUBARU執行役員 CIO(最高情報責任者)IT戦略本部長
工学部卒業後、日本IBMでSEとしてキャリアをスタート。結婚後、子育てのため地元の製造業に転職し、SAPプロジェクトPM、IT管理部長、総務部長を経て、グループCIOを3年間務める。2019年7月にSUBARUに入社。当時情報システム部長として社内システムを統括。22年4月よりサイバーセキュリティ部長を兼務し、23年にはIT戦略本部副本部長に就任。24年4月から現職に就き、全社のIT/DXを推進している。企業におけるITと女性のステータス向上をライフワークとする。
──その後、地元の製造業に籍を移しています。
オールマイティな人間ではないと気づきまして(笑)。自分で全てやるより多様な人たちと一緒に良いものを生み出すほうが自分に合っていると感じて、育児との両立も考え、もう一度企業に務めよう、と。
そこで、群馬県に本社を置くサンデンという自動車部品のサプライヤーに入りました。IBMと同じ製造業だからすぐに慣れるだろうと思っていましたが、外資系と日本企業はカルチャーが全く違っていて。最初は戸惑いましたが、だんだんと日本企業の風土に居心地の良さを感じて、十数年間籍を置き、最後はCIOを務めました。
──SUBARUとの出会いはどのような形だったのですか。
50歳になった頃、子育てがひと通り終わって、次のステップを考え始めた時、当時SUBARUの社長を務めていた吉永(泰之)さんが、製造業の品質に関するシンポジウムで講演されていて、それを聞いた時、とても感動したんです。
私はSUBARU創業の地である群馬県太田市出身で、子供の頃から親しみがあったのですが、その頃のイメージはいかにも日本の古き製造業。それが吉永さんの講演で洗練された格好いい会社に変わっていた。
そんな印象を持った直後、奇遇にも人材エージェントからSUBARUを推薦されて。ご縁を感じて、そのままSUBARUにお世話になることにしたんです。

入社直後に「緊急事態宣言」。1年で30ー40のDXプロジェクトを断行
──入社して約半年後に、新型コロナウイルス蔓延による「緊急事態宣言」の発令。予期せぬ状況で、混乱はなかったのですか。
バタバタでしたね(苦笑)。入社当時、SUBARUのIT環境は決して先進的ではありませんでした。ですから、私が描いていた青写真、スケジュールの意味はなくなり、一気に進める必要がありました。
──具体的にどのようなプロジェクトを走らせたのですか。
主に2つあります。
1つ目が、リモートワークに耐えられる環境の整備。その頃は、給与明細書も紙で、承認も物理的なハンコ……。在宅勤務のルールもなく、パソコンのカメラはセキュリティを理由に使用できないようになっていました。
そんな状況で、緊急事態宣言。出社を前提としたワークスタイルと環境を待ったなしで一気に変えなければならないから、もう大変でした。
ただ、今振り返れば良いきっかけでした。当時の社長が「ピンチをチャンスと捉えて環境を整備しよう」と発言してくれて、会社全体が一気にデジタル化に舵を切る機運が生まれたんです。
IT部門で温めていたデジタル化のアイデアも具現化しやすくなり、それを愚直に進める姿を見て社員のみんなも協力してくれて。IT部門の地位も向上し、仕事が進めやすくなったと思います。
私自身、新参者でしたし、カメラもない声だけのWeb会議で、相手の顔も覚えきれていない。本当に協力してくれるのかという不安は当然あった中で、会社全体が一丸となって同じ方向を向いて動いてくれたことで、各種リモートワークツールの導入やSAPの導入、人事システムの入れ替えなど、1年でやり切ることができました。

2つ目は、2年前に始めた働き方改革のさらなる前進ですね。働き方改革は、一般的には人事や経営企画部門が主導すると思いますが、当社の場合はIT部門が推進しようと。
SUBARUは各地に拠点が点在しており、拠点ごとに仕事の進め方が微妙に異なり、業務プロセスもコミュニケーションルールもバラバラであったのです。そうしたルールの違いで、全く価値を生まない無駄な作業が発生することもその当時はありました。
SUBARUは、一般的な製造業に比べて売上に対する社員数が非常に少ない。約4兆6800億円(2025年3月期)の売り上げを3万8000人ほど(連結)のメンバーで成し遂げています。おそらく一般的な製造業の半分くらいではないでしょうか。
それだけに、社員の1分1秒はほかの製造業よりもとても貴重で、非効率な仕事はやめたいわけです。私自身も時間は何より貴重という考え方なので、無駄なことはしたくないし、無駄なことをしているのも見たくないので、生産性を上げて働くためのSUBARU流働き方改革の柱として「スマートワークDXプロジェクト」を立ち上げたんです。
──「スマートワークDXプロジェクト」ではどんな施策を展開していたのですか。
とにかく無駄取り。多くの社員が無駄と感じる仕事を洗い出して、撲滅するための浸透しやすい策を考えて実行していました。その数は、30ー40種類はあったと思います。1日1人、1分の削減でも数万人規模では効果は大きいですからね。
それと「3M」と位置付けた仕事の進め方の見直しも進めました。3Mとは、「面倒」「マンネリ」「ミスできない」の頭文字を持った呼称で、この3つは特に社員がストレスを感じる業務だったので、無駄だけでなくこの3つの対策も講じました。
結果として、当初の「社員1人当たり30分の業務時間を短縮」という目標に対し、平均で39分短縮することに成功しました。アンケートを取ると、実際は39分の短縮なのに、実感値としては60分以上の改善効果を感じるという声もありました。
やっぱり嫌な業務は時間を長く感じるので、心理的な効果も大きかったようです。好評を受けて、このプロジェクトは当初1年の予定でしたが、続けて欲しいという声もあり継続しています。
振り返ると、この2つのプロジェクトをやり切ったことで、IT部門として恥ずかしくない立ち位置を確立できたと言いますか、スタート地点に立てたという気持ちでした。

変革は第2フェーズへ。モノづくり革新と価値づくりに貢献
──ある程度の環境が整った中で、辻さんが考えている今後の進化、デジタル変革を教えてください。
2年前に社長が変わり、新経営体制になってからの2つの大きな経営方針が示されました。それは「『モノづくり革新』『価値づくり』で世界最先端を狙う」。
「モノづくり革新」の取り組みの一つとしてデータなども駆使して、全てのプロセスを洗練化することがあります。「生産工程の半減」「開発期間の半減」「部品点数の半減」を達成することで、お客様に商品やサービスをいち早くご提供する。これをSUBARUでは「トリプルハーフ」と呼んでいます。
「価値づくり」の取り組み例は、ハードウェアとしての価値だけでなく、ソフトウェアやアフターサービスにおける価値を加えて、購入後に時間が経過してもお客様に満足いただくようにすることです。
こうした新たな進化や価値をテクノロジーで支えることが私たちの役割で、具体的にはプロセス改革、人財育成、強固なセキュリティを軸としたガバナンスの構築に力を入れています。
──データを駆使したプロセス改革では、「Tableau」を以前からご活用いただいていますが、少なからず貢献はできてますでしょうか。
「TPM(Total Productive Maintenance)」に取り組んでいる中で、データの活用は進めていましたが、活用範囲が限定的で広げたいという思いから、リテラシーがそれほど高くない人でも活用できるBIツールを私が入社する前から探していたと聞いています。
2017年に初めてTableauを導入し、そこから徐々に部署や人、業務を広げていき、現在は工場から間接部門、特約店や販売系の方々など多部門で活用しており、データ活用が文化として根付きました。
一方で、コネクティッドサービスの領域では、車自体がネットワークで繋がり、大量のデータを生んでいるので、そこでもTableauは、積極的なデータ用によるアフターサービスの進化や新たなサービスの創出に貢献してくれています。
初めて導入した当時は、他にTableauに匹敵するようなツールがなく選択肢がありませんでしたが、色々なツールも出ている今でも、その時の選定は間違っていなかったですね。

計り知れないAIエージェントのインパクト。人財育成を加速
──ありがとうございます。データ活用に加えて、企業の競争力を高めるデジタルファクターとしてAIは欠かせないと思いますが、辻さんは昨今のAIの進化をどのように受け止めていますか。
もう、興奮状態ですね(笑)。とくにAIエージェントは大きな衝撃です。「AIを使わなかったら生き残っていけない」という危機感すら感じています。
毎回、ルーディング業務で大変な思いをしている社員を、AIエージェントで楽にしてあげて、人が担うべき業務を切り替えてあげられる。これまで人財が不足していて外注していたことを内製化して、スキルやナレッジを社内に積み上げることで、より競争力を上げられる。
AIエージェントには単なるテクノロジーではなく「労働力」として期待しています。
──AI人財はどう育成していくお考えですか。
全社員を置いてきぼりにしないためにどうするかを考えていて、今取り組んでいる取り組みが2つあります。
1つは、高度なAIスキルを有する専門性の高い人財の育成。もう1つが役員から一般社員含めて全員を対象としたAI人財の育成です。全社員がこのAI時代に生き抜いていくための知識とスキルを身に付けられるようにする教育プログラムを、今年は本格的に進めています。
一般的な教育制度は人事部門がリードしているのですが、AIは技術に詳しい人が担当するほうが適しているので、ITやデジタルを担う部門が先頭に立って推進しています。
カリキュラムとしては、全社員向けに外部に依頼することはありますが、基本的には独自で組んでいます。まず私自身が「すごい」と感動したものを選んで、それを全社員の皆さんに伝えていきます。
今年から、「ITアカデミー」という教育制度でとくにAIを強化していきますが、その皮切りとして7月に行ったのが、役員へのDX教育。役員のハンズオントレーニングは、すべて内部で独自にプログラムを組んで実施しました。
トップマネジメントのリテラシーが上がることで、社内のイントラネットでトップと現場社員がPCやAIの使い方で対話するなど、風通しが良くなって良かったと思っていますね。
全社教育も進めつつ、会社で想定している改善プロジェクトから具体的なものをいくつかピックアップし、それをAIで解決するにはどうしたらいいかということもITアカデミーで取り組んでいます。

組織を導き、才能を活かす。理想のCIOとは
──製造業のIT部門トップとしての経歴が長い辻さんですが、辻さんは理想のCIOをどのように描いていますか。
私は、2社でCIOを務めてきましたが1社目の反省を踏まえて気を付けていることがあります。
サンデンの時は、一定期間一般社員を経験してからCIOになり、実務がほぼわかっていたので、オペレーションの変更点まで指示ができる。それが自分としてはいいことだと思っていました。1番先頭に立つリーダーなんだから、現場を熟知したうえで自分の思い描くビジョンを皆に実行してもらうことが最善だと思っていました。
ただ、今思うとあれは「猿山のボスザル」だったなと。自分の考え以上に組織の成長は描けなかったからです。
SUBARUでは、CIOとしてのビジョンを指し示すだけでなく、みなさんの意見を積極的に取り入れて、それを後押しする、下支えする存在としてのCIOも意識しています。
CIOって、Chief Information Officerの略称ですよね。私はもう一つ意味を込めています。それは、「Chief Iyashikei Okāsan(癒し系おかあさん)」(笑)。おかあさんのようにみんなの意見を聞いて見守って成長を支えてあげる。そんな存在でありたいと思っています。
社員のみんなが気持ちよく意欲的に仕事をするための環境づくりは、会社を広く見通している部門が適しているでしょう。総務や人事部部門も当てはまると思いますが、私はテクノロジーという側面から全社的に会社を支えているIT部門も適任だと思っています。
なので、時に強いリーダーシップを発揮し、時には相談にのりみんなを支える力も発揮する。CIOとはそういうポジションだと思っています。

──辻さんの過去の経歴からも、今回のインタビューでも感じたのですが、辻さんはとてもパワフル。そのバイタリティの源泉を最後に教えてください。
私、19歳の時に交通事故に遭っているんです。当時の家庭教師先の生徒を食事に連れて行った後、車で家まで送っていて、信号待ちから青になった瞬間4トントラックが信号を無視して突っ込んできて。車は大破し、その車を見た家族が2人とも助からないと思うほどの大事故でした。
でも、2人とも奇跡的に骨折もせず無事に復帰して、私もこのように元気にやっていますし、その生徒の彼女も今はトラック運送会社の女社長としてたくましく生きています。その時の車が、SUBARUだったんです。
車自体が人をとてもよく守る作りで、元々が飛行機の会社なのでフレームをしっかり作って、何があっても絶対に車内の人を守る思想があったんですよね。
それが35年前。そこからずっと「あの時いただいた命だ」と思って1日も無駄にしない生き方を心がけています。そして今、SUBARUで働いている。これはもう運命だと思いますよね。
そんなSUBARUですから、良くしたい気持ちが強い。私の人生をかけて、SUBARUの皆さんが働きやすく元気でいられる会社にしてあげたい。感じていただいたパワフルさは、そんな気持ちがあるからでしょうね。
企画・執筆:池上雄太
撮影:佐藤新也
取材・編集:木村剛士
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データの可視化や分析が容易に行える「Tableau(タブロー)」をご紹介します。
