ナッジ(nudge)とは、英語で「軽く押す、行動をそっと後押しする」という意味の言葉です。行政やビジネスでは「経済的なインセンティブや強制を使わずに、人々の行動を望ましい方向に促す手法」として知られ、さまざまな場面で活用されています。
本記事では、ナッジの意味から、基本原則やフレームワーク、実際の活用事例まで詳しく解説します。ナッジ理論に関心がある方やビジネスでの活用方法が気になる方は、ぜひ参考にしてみてください。
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目次
ナッジとは

ナッジ(nudge)とは、英語で「軽く押す、行動をそっと後押しする」という意味の言葉です。
行政やビジネスの分野では「経済的なインセンティブや強制を使わずに、人々の行動を望ましい方向に促す手法」であるナッジ理論として広く知られています。
ナッジ理論は、行動経済学にもとづく理論です。行動経済学とは、経済学と心理学を組み合わせた学問で、人々の心理や行動が経済的な意思決定にどのような影響を与えるのかを研究します。
強制力を避けつつ、自然な誘導を通じて人々の行動を変容させることを目指します。
ナッジの身近な具体例
私たちの身近においても、ナッジ理論を活用した取り組みは多く実施されています。有名なのは「男子トイレ」の例です。
トイレの小便器にハエの絵を描いたことで、人々は無意識に絵を狙って用を足すようになり、結果として床の汚れが減少しました。自然な形で行動を促進した結果、清掃費用の削減を実現しています。
他にも以下のような例があります。
- スーパーにあるカートのサイズを少し大きくすることで、無意識に多くの商品を買わせる
- 自転車置き場に「ここは自転車捨て場です。ご自由にお持ちください」といった貼り紙をすることで、放置自転車を防ぐ
ナッジは、日常生活のさまざまな場面で活用され、私たちの選択や行動に大きな影響を与えているのです。
ナッジ理論が注目されている理由

ナッジ理論が注目されている理由は、意思決定を強制することなく、人々の行動を自然に誘導できる点にあります。
この理論は2008年にリチャード・セイラー教授とキャス・サンスティーン教授によって提唱されました。その後、ナッジ理論は世界中の政府や企業で活用されるようになり、さまざまな場面で成果を上げています。
たとえば、イギリスの「ナッジユニット」が、ナッジ理論を活用して税徴収率の向上に成功した事例は、当時大きな注目を集めました。
また、2017年にセイラー教授がノーベル経済学賞を受賞したことをきっかけに、ナッジ理論の信頼性と効果が広く認知されるようになりました。
日本でも、厚生労働省が行う健康促進活動に活用したり、環境省が省エネ教育プログラムに導入したりするなど、ナッジ理論の社会的影響は広がり続けています。
参考:
・明日から使えるナッジ理論|厚生労働省
・環境省ナッジ事業の結果について ~効果の実証された環境教育の社会実装が開始~|環境省
ナッジ理論の基本原則とフレームワーク

ナッジ理論では、個人や集団の行動を変えるためのアプローチとして、いくつかのフレームワークが提案されています。ここでは、次の3つを紹介します。
- NUDGES
- EAST
- BASIC
それぞれのフレームワークについて、詳しく見ていきましょう。
1.NUDGES
「NUDGES」は、ナッジ理論の基本的なフレームワークのひとつであり、人々の行動を望ましい方向に導くための6つの基本原則を提示しています。
6つの基本原則は以下のとおりです。
原則 | 概要 | 例 |
---|---|---|
Incentives(インセンティブ) | 行動を促すための利益やメリットを提供する | 割引クーポンやポイント還元を利用して消費者の購買を促進 |
Understand mappings(マッピングの理解) | 行動の結果を直感的に理解できる形で示す | 使用するエネルギーのコストをわかりやすくグラフ化し、節約行動を促進 |
Defaults(デフォルト) | 初期設定を望ましい選択肢にする | 新規登録者に省エネルギー設定をデフォルトで適用し、エコな選択を促進 |
Give feedback(フィードバックの提供) | 行動に対してリアルタイムでフィードバックを与え、次の行動を促す | 健康アプリで運動後にカロリー消費を表示し、ユーザーの健康管理を促進 |
Expect error(エラーの予期) | 想定されるエラーを未然に防止する | クレジットカード支払い時に金額入力ミスを防ぐための確認メッセージを表示 |
Structure complex choices(複雑な選択の体系化) | 複雑な選択を整理し、選びやすくする | 商品のカテゴリーを整理し、購買決定を早めるために簡潔な選択肢を提供 |
基本原則を実践することで、自然と人々を望ましい行動へと導く可能性が高まります。
2.EAST
「EAST」は、イギリス政府内にある行動インサイトチーム(BIT)によって開発されたフレームワークです。施策が行動変容に有効かを評価する際のチェックポイントとして活用できます。
要素 | 概要 | 例 |
---|---|---|
Easy(簡単) | ・障害を取り除き、実行しやすくする | Webフォームの入力項目を最小限にし、手続きを簡素化する |
Attractive(魅力的) | ・魅力的な選択肢やインセンティブを提供する | 特典やボーナスポイントを用意して消費者の興味を引く |
Social(社会的) | ・他者の行動や社会規範を示して、望ましい行動を促進する | 他の顧客が購入した商品レビューを表示して、購買意欲を高める |
Timely(時宜にかなった) | ・効果的なタイミングでアプローチする | 特定のシーズンや節目にあわせてプロモーションや割引を実施する |
EASTフレームワークは、シンプルで直感的に行動を促すための効果的な手法です。
必ずしもすべての状況で同じ効果が得られるわけではありませんが、適切に活用することで行動変容の成功率向上が期待できます。
3.BASIC
「BASIC」は、OECD(経済協力開発機構)が提案したフレームワークで、次の5つのステップで構成されています。
ステップ | 概要 | 例 |
---|---|---|
Behavior(行動の観察) | 行動を観察し、問題となる行動を特定する | ゴミのリサイクル率が低い地域で住民の行動を調査 |
Analysis(行動の分析) | 行動を分析し、心理的・環境的要因を特定する | 住民のリサイクル行動の分析を行い、意識や動機を把握 |
Strategy(戦略の立案) | 行動を変えるための具体的なナッジ戦略を考案する | 住民にエコポイントを付与する制度を設計 |
Intervention(施策による介入) | 計画したナッジを実行し、効果を測定する | ポイントシステムを導入してリサイクル促進 |
Change(変化の測定) | 行動の変化を測定し、次の施策に反映させる | ポイント制度導入後のリサイクル率向上をデータで評価し、改善策を立案 |
「BASIC」は、ナッジ施策を設計し、行動変容に向けた戦略的なアプローチを立案する方法のひとつです。
必ずしもフレームワークを使用する必要はありませんが、効果的な施策の構築に有用なフレームワークとして知られています。
BtoBマーケティングの分野では、ナッジの手法を活用することで、顧客の行動を効果的に促進し、より高い成果を生み出すことが可能です。ナッジ理論を実践的に活用するための具体的な参考資料として、ぜひ下記の資料をダウンロードし、次のステップへ進みましょう。
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ナッジ理論が有効な場面

ナッジ理論は、以下のような場面で非常に効果的に機能します。
- 選択肢が多すぎて決断が難しい場合
たとえば、保険やローンの選択では、情報過多により決断が難しくなることがあります。ナッジを活用して情報を整理し、わかりやすく提示することで、消費者が迷わず選択できるようサポートできるでしょう。
- 選択の結果がイメージしにくい場合
商品やサービスを選ぶ際、視覚的な情報や実際の利用シーンがあれば、消費者は選択後の結果を想像しやすくなります。その結果、消費者の購入意欲を高められるでしょう。
- 選択後すぐに結果が見えない場合
結果が見えるまでに時間がかかる状況(例:ダイエット、筋トレ)では、進捗を可視化したり、リマインダーを設定したりすることで行動を後押しできます。ナッジの活用により、継続的な努力を支援し、望ましい結果につなげることが可能です。
ナッジ理論は、意思決定が困難な状況や結果が見えにくい場合にとくに有効です。
ナッジ活用の成功事例【ビジネスシーン別】

ナッジ理論は、顧客や社員の行動にポジティブな影響を与えるための強力なツールとして、さまざまなビジネスシーンで効果的に活用されています。
ここでは、次の3つのビジネスシーンにおける活用事例を紹介します。
- マーケティング
- 営業
- 人事・マネジメント
それぞれの領域でどのようにナッジが活かされているのか、具体的な事例を見ていきましょう。
マーケティング
マーケティングにおけるナッジ理論の活用は、顧客の行動を促進するために非常に効果的です。
たとえば、メールマガジンの購読設定をデフォルトで「希望する」にしておくと、多くの新規会員がそのまま購読を継続します。解除手続きを複雑化することで、自然に購読者数を増加させることが可能です。
価格戦略においてもナッジは有効です。
「あと〇〇円で送料無料」や「追加購入でゴールドランクに昇格」などは、サンクコスト効果を利用したキャンペーンとして頻繁に実施されています。無駄にコストを捨てたくないという心理を利用することで、顧客の意思決定を促進できるでしょう。
ナッジ理論を活用することで顧客の行動が自然に導かれ、売上向上を期待できます。
マーケティング戦略の策定プロセスやフレームワークについては、以下の記事で詳しく解説しています。ぜひ参考にしてみてください。
関連記事:
・マーケティングとは?実施する目的や戦略の立て方を初心者向けに解説
・マーケティング戦略とは?策定手順・フレームワーク・成功事例を解説
営業
営業活動におけるナッジ理論の活用は、顧客の意思決定を後押しするために非常に有効です。
たとえば、見積もりを提示する際に「松竹梅の法則」を活用して3つの選択肢を提示した場合、顧客は中間の選択肢を選びやすい傾向があります。これは、選択肢が複数ある場合に極端な選択肢を避ける心理を利用しており、顧客の意思決定を自然に誘導しています。
価格交渉の場面で「アンカリング効果」を活用することも効果的です。最初に高い価格を提示し、その後に割引価格を提示することで、顧客は割引価格を魅力的に感じるようになり、購入意欲が高まります。この手法は顧客にお得感を与え、成約へと導くための有効なナッジです。
営業活動においてナッジ理論を適切に活用できれば、顧客の意思決定を自然に誘導し、成約率を高められるでしょう。
人事・マネジメント
ナッジ理論は、人事やマネジメントの領域においても大きな効果を発揮することが知られています。
たとえば、千葉市では、男性職員が育児休業を取得しやすくするために、申請方法を次のように変更しました。
- 「育児休業を取得する場合に申請」→「取得しない場合に申請」
変更したことで、男性職員の育児休業取得率は大幅に増加し、目標を2年前倒しで達成しました。
社員間のコミュニケーションを促進するために、オフィスのレイアウトを変更し、共有スペースを中心に配置することも有効なナッジ手法です。アイデアの交換が自然と活発になり、創造的な議論や新しい発想が生まれやすくなります。
上記のように、社員の行動を改善したり、ポジティブな習慣を促進したりするために、ナッジを活用する企業が増えています。
マネジメントや社内コミュニケーションについて詳しく知りたい方は、以下の記事を参考にしてみてください。
関連記事:
・マネジメントとは?意味・求められるスキル・管理に役立つツールを解説
・社内コミュニケーションとは?重要性やアイデア、成功事例などを解説
ナッジ理論をビジネスに活用する際の注意点

ナッジ理論をビジネスに活用する際には、いくつかのポイントに注意が必要です。
ナッジ理論では、個人の自由を尊重することが大切で、人々に選択を強制してはいけません。この考え方は「リバタリアン・パターナリズム」と呼ばれ、消費者が自分で選択できる余地を残しつつ、望ましい行動へと誘導することが求められます。
また、ナッジの過度な使用は、消費者に不利益をもたらす「スラッジ」を生じさせる可能性があるため避けるべきです。たとえば、解約手続きが煩雑なサービスや、オプトアウト方式で自動的に加入させる設計などが、スラッジに該当します。スラッジは消費者の信頼を損なう原因となりかねないため、注意が必要です。
ナッジ施策を実施した後は、効果を定期的に測定し、PDCAサイクルを回して改善を重ねることが重要です。行動データを分析し、どのアプローチがもっとも効果的かを見極めることで、継続的に施策の最適化を図ります。
常に消費者にとって有益な選択肢を提供し、透明性を保つことが企業の社会的責任です。
PDCAサイクルについては以下の記事で詳しく解説しているので、こちらもあわせて確認しておきましょう。
関連記事:PDCAサイクルとは?運用のコツと事例を使ってわかりやすく解説
ナッジ理論とAIの組み合わせで効果的に意思決定を支援

ナッジ理論とAIの融合により、意思決定の精度と効率が向上します。
AIを活用して膨大なデータを瞬時に解析し、顧客の行動パターンを予測することで、より精密で効果的なナッジを実現可能です。
たとえば、SalesforceのAI機能『Einstein』は、顧客の購買傾向や過去の行動データを分析し、最適なタイミングでパーソナライズされたメッセージを自動的に提案します。これにより、ナッジ理論を効果的に活用し、顧客の意思決定を後押しできます。
ナッジ理論とAIを組み合わせることで、企業は顧客の行動を深く洞察し、最適な意思決定支援を提供できるようになるでしょう。
AIの活用事例を以下の記事で紹介しているので、詳しく知りたい方はぜひ参考にしてみてください。
関連記事:
・人工知能(AI)とは?種類やメリット・デメリット、活用事例まで紹介
・AI導入のメリット・デメリットは?日本の導入率や手順、事例も紹介
ナッジ理論を応用してビジネスの成果を最大化しよう

ナッジとは、人々の行動を無理なく望ましい方向に導く手法で、行政やビジネスなどさまざまな分野で活用されています。たとえば、ナッジを効果的に活用することで、顧客の購買促進や社員のパフォーマンス向上が期待できます。
ナッジ理論を活用して、顧客や従業員の行動を良い方向へ導く戦略を実践しましょう。
ナッジ理論をBtoBマーケティングに取り入れることで、顧客の意思決定を自然に誘導し、成約率を向上させることが可能です。今すぐ下記の資料をダウンロードし、実践的なアプローチを学びましょう。