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KPIやOKRはもう古い?NVIDIA CEOが提唱する未来型先行指標「EIOFS」とは

シリコンバレー在住で日本のテック業界屈指の起業家、パロアルトインサイトの石角友愛CEOが米国の最新事情を解説します。今回はNVIDIAのジェンスン・フアンCEOが提唱する「EIOFS」 です。

企業の業績を可視化し目標達成を管理する指標として、これまでKPIやOKRが活用されてきました。しかし、近年では「より未来を見据えた指標」の必要性が高まり、一部の先進企業の間で新たな指標が注目されています。それが、NVIDIAのJensen Huang(ジェンスン・フアン)CEOが提唱する「EIOFS(Early Indicators of Future Success、イー・アイ・オー・エフ・エス)」 です。

NVIDIAはAI覇権競争が加熱する以前から、リソースをGPU開発に投入してきました。その戦略の根拠となった指標こそがEIOFSなのです。本記事ではEIOFSの概要や導入メリット、その課題を解説します。

KPI /OKRにはないEIOFSの魅力とは

EIOFS とは、未来に成功をもたらす可能性がある「兆し」を捉えるための指標です。2023年11月にJensen Huang氏が提唱し、短期的な成果や市場の動向に捉われず、 長期的な成長を見据えた意思決定をサポートする役割を担います。

NVIDIAの成功の背景には、Huang氏の「未来を先読みする経営スタイル」と「長期視点でのイノベーション重視の企業文化」があります。EIOFSは、まさにこうした経営方針を形にした指標といえるでしょう。

なお、EIOFSという言葉自体は日本でまだ一般的に普及していません。なので、和訳も一般的に認知されていませんが、筆者が訳すとしたら、「未来型先行指標」という表現がフィットするのではないでしょうか。

KPI・OKRとの違い

  項目   KPI/OKREIOFS
採用時間軸過去~現在の成果を評価現在~将来の可能性を評価
主な目的目標の達成度合いを数値化・管理未来の成長機会やリスクを早期に捕捉 方向修正や投資の判断サポート
指標の性質結果指標が中心 (売上・利益・進捗率など)市場形成前の兆候が中心 (顧客反応、コミュニティー活性度など)
メリット短期~中期スパンでの状況把握が容易変化が激しい領域でも先手を打てる イノベーションを促進しやすい
デメリット短期目標に偏重 長期ビジョンを見失いがち予測が外れた場合はリスク大 指標選定の難易度が高い

KPI(Key Performance Indicator)は成果を定量的に捉え、パフォーマンスを把握するための指標です。

OKR(Objectives and Key Results)は、目標(Objective)と主要な成果(Key Results)をセットで進捗状況を管理するフレームワークです。どちらも「現状の成果を数値化して管理する」ための指標であり、企業活動を管理・評価するうえで重要な役割を果たします。

しかし、KPIやOKRでは短期目標を重視するあまり、長期的な市場変化への対応には不向きな側面があります。一方、EIOFSは「未来の可能性を見出し、戦略を先回りして考える」 ための指標です。特に、変化の激しいAI時代にEIOFSは、早期投資やリスク回避を可能にする強力なツールとなります。

変化の激しいAI時代に真価を発揮するEIOFS

  • 激変する市場へ先手を打つ
  • 人的資本経営の限界を補完する
  • スピーディーなリーダーシップの発揮

EIOFSは、AIによって急激な変化が進む現代社会で真価を発揮するといわれています。EIOFSを用いることで、顕在化していない「未来の芽」を早期に捉え、激変する市場へ先手を打つことができます。既存市場への対応だけでなく、今はない市場に向けたアプローチを進めることも可能になるのです。

また、EIOFSは人的資本経営を支えるツールとしても期待されています。最近注目されている人的資本経営ですが、どうしても数値化しやすい短期的な指標に偏りがちです。そのため、組織を長期的に成長させたり、新しい市場を開拓したりすることにつながりにくいという課題があります。

EIOFSを導入することで急変するAI時代においても長期的な成長ビジョンが明らかになり、これから必要となる人材のスキルや育成の方向性を早めに把握できるようになります。このことで、企業は適切な人材配置や投資を戦略的に行いやすくなります。

さらに、EIOFSはスピーディーなリーダーシップを発揮するための意思決定基盤としても機能します。経営者はEIOFSを活用することで、過去のデータから「今何をすべきか」を考えるのではなく、未来を見据えて「これから何をすべきか」を長期的な視点に立って判断できるようになります。

EIOFSは、変化が激しく不確実性の高いAI時代において、企業の成長に欠かせないリーダーシップのスタイルといえるでしょう。

Jensen Huang氏の経営哲学

Jensen Huang氏は1993年にNVIDIAを設立して以来、CEOとして会社を率い続けています。同氏は長期的なビジョンと強い行動力で、早くからAIやデータセンター向け半導体の開発・販売を手掛け、NVIDIAを時価総額3兆ドル以上の巨大テック企業に成長させました。そんなHuang氏の経営哲学とはどのようなものなのでしょうか。ここでは3つのポイントをご紹介します。

長期ビジョンへの大胆な投資

Huang氏の経営哲学の特徴として挙げられることが、 明確な顧客が存在しない新しい市場で製品開発に挑んできていることです。

例えば、NVIDIAは 2000年代初頭の時点で、データセンターやAI処理向けのGPU開発をスタートさせています。当時はまだ、GPUがAIに活用される未来を想像できる人はほとんどいませんでした。

しかし、2010年代後半になるとAI技術の急速な発展により、GPUの需要が一気に拡大。NVIDIAは 先行投資していた技術を武器に、データセンター市場やAI市場で確固たる地位を築くことに成功したのです。

チャレンジ重視

NVIDIAでは、失敗を恐れずに行動することが奨励されています。仮に失敗してもプロセスを無駄にしません。従業員間で失敗の要因が共有され、次なるチャレンジに活かされます。まずは動いてみること、挑戦してみることが大切だという企業文化が確立されているのです。

Huang氏は不利な状況でもチャレンジをし続ける姿勢で知られています。実は、「RIVA 128」(グラフィクス処理装置)の開発は資金面で絶望的な状況だったということです。半分もの社員を解雇し、経営も危ぶまれていました。それでも1997年8月、商品化を実現させています。その後、RIVA 128は数か月で数百万個を売り上げ、NVIDIAのヒット商品となりました。

フラットな組織作り

「The more direct reports the CEO has, the less layers are in the company.」(CEOが直接報告を受ける部下の数が多いほど、企業の階層(レイヤー)が少なくなる)

2023年、「Business Insider」のインタビューでHuang氏はフラットな組織の重要性について言及しました。

同氏は直属の部下を50人程度まで増やし、従来の階層的な組織構造からの脱却を進めています。NVIDIAでは、全ての従業員が意見を自由に表明できるため、経営幹部から新入社員に至るまで、全ての社員が戦略策定プロセスに参加できるのです。

企業がEIOFSを導入するメリット

AIの進化によって、ビジネス環境はかつてないスピードで変化しています。こうした状況の中で、EIOFSは 短期的な指標だけでは見逃しがちな「新たなチャンス」や「潜在的なリスク」をいち早く捉え、企業の持続的な成長を支える強力な手段となりますここでは、EIOFSを導入することで得られる主なメリットを解説します。

チャレンジシップの強化

長期的な視点を強化することで、既存の売上や短期成果に縛られずに新しい技術・市場へ大胆に挑戦しやすい社内風土が出来上がります。NVIDIAが実践したように、まだ市場が形成されていない分野で大きなアドバンテージを築くことも期待できます。

リスクの先読み

成功や失敗の兆しを早い段階で捉えられるため、大きなリスクを抱える前に軌道修正や撤退の判断が可能になります。早期のリスクヘッジによって、リソースの割り振りも効率化していくでしょう。

ステークホルダーの期待と信頼感がアップ

投資家や顧客、パートナー企業に対して、中長期的な成長戦略を示すことで信頼関係を強化できます。さらに、未来志向の指標を共有することで、社員のモチベーションやエンゲージメントが向上し、組織の一体感が強まります。

“慣習“を見直すフレームワーク

現場の状況判断はOODAループ、組織の管理にはPDCAサイクル。
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EIOFSの導入プロセス

NVIDIAはどのようなプロセスでEIOFSを導入しているのでしょうか。EIOFSは学術的に発表された指標ではないため、提唱者であるHuang氏の発言やNVIDIAの実績からひも解いていきます。

チャンスの探索

EIOFSは、未来のチャンスを見つけるための指標です。そのため、最初の段階では未来の市場や技術トレンドを自由に想像し、可能性を広げることが重要です。市場規模や開発コストなどの具体的な数値を考える必要はありません。

Huang氏は、未来へのインスピレーションを得るために 学会や研究機関、スタートアップと積極的に連携しています。また、コミュニティとの対話や異業種とのコラボレーションも、新たなチャンスを発見する貴重な機会となるでしょう。

実証テスト

まだない市場へのアプローチといっても、製造不可能なプロダクトでは意味がありません。少数精鋭チームでPoC(Proof of Concept:概念実証)を試みていきます。ベンチャー企業や大学研究室などと小規模なテストをするといった取り組みも重要です。NVIDIAではAIやゲーム向けプロセッサの開発・最適化・検証を担当する専門チーム(Tegraチームなど)が編成されてきました。

先行指標の評価・設定

EIOFSを効果的に活用するためには、 「どのような兆候が成功につながるのか」を見極め、適切な指標を設定することが重要です。このプロセスでは、企業が将来の成長の可能性を評価し、データをもとに戦略的な判断を下せるようにします。

ただし、NVIDIAは自社の具体的なEIOFSの指標を公開していません。そこで、Huang氏の発言やNVIDIAの実績をもとに、 企業が先行指標を設定する際のポイントを以下の表にまとめました。

項目具体的な先行指標
技術評価研究論文の発表数、特許出願数 技術コンテストでの受賞歴
開発エコシステム開発者フォーラムのアクティブユーザー数 新規デベロッパー登録数
パートナーシップ共同研究の数 NVIDIA技術を採用した企業数
市場創出の兆候企業や政府の関心 新規案件・プロジェクトの増加
事業展開製品を採用したスタートアップの成長率 大手企業の関心

例えば、「技術評価」の項目では、まず、企業が持つ技術の発展度合いを測ることが、将来の成功を予測する重要な手がかりになります。そのため、具体的な先行指標として以下の項目を設定しています。

  • 研究論文の発表数(技術革新の活発度を示す)
  • 特許の出願数(新技術の競争力を示す)
  • 技術コンテストでの受賞歴(市場での技術的優位性を証明する)

NVIDIAは GPUをAI処理向けに活用するという新しい分野を開拓しました。そのため、機械学習や深層学習に関する研究論文を多く発表し、AI技術の進化をリードしました。また、特許出願を積極的に行い、ライバル企業に先んじて技術の独占化を進めています。

このことから、技術の進化を示す指標が強化されるほど、未来の成長につながる可能性が高まることがわかります。このように、長期的な視点でそれぞれの指標を評価し、未来に向けた具体的な戦略を立てることが、EIOFSを活用するための最大のポイントとなります。

モニタリングと対応

先行指標がポジティブな兆候を示した場合、企業は本格的な投資に踏み切り、エコシステムの成長を加速させます。

具体的には、研究開発費(R&D)の増額、開発者の増員、新規プロジェクトの立ち上げ、特許取得の強化などが挙げられます。また、技術が市場に浸透するよう、マーケティング戦略の強化も重要になります。

NVIDIAは、自動運転プラットフォーム 「Drive PX」 の開発において、このプロセスを実践しました。最初は PoC(概念実証) の段階で小規模なテストを実施していましたが、その後 Tesla、Volvo、VWなどの主要自動車メーカーとの協業が進展。これにより市場の可能性が明確になり、NVIDIAは投資を拡大しました。その結果、Drive PXは 自動運転市場における重要なプラットフォームへと成長したのです。

最適化

EIOFSは 一度設定すれば終わりではなく、外部環境の変化に応じて柔軟に見直すことが重要です。市場の動向や技術の進化に合わせて、指標を最適化することで、より正確に未来を予測し、適切な意思決定ができるようになります。

変化する外部環境とEIOFSの見直し策

外部環境の変化EIOFSの見直し策
生成AIの進化コミュニティー参加率やAPI利用頻度を指標に追加する
各国のAI規制強化規制対応チームを強化する リスクマネジメント指標を追加する
競合の新技術発表共同研究・特許数のトレンド分析を強化する

また、社内外からのフィードバックを定期的に収集し、指標が適切に機能しているかを検証することも重要です。投資判断や事業戦略において、EIOFSの予測がどの程度実際の成果につながっているかを評価し、必要に応じて調整を行います。

市場環境や技術トレンドは常に変化するため、EIOFSもそれに合わせて進化させることが、長期的な成功のカギとなります。

EIOFSの課題と注意点

未来を占う先行指標で長期的なビジネス成長を目指すEIOFS。メリットも多いですが、課題もあります。ここでは、EIOFS導入において注意すべきポイントを3つにまとめて解説します。

適切な指標選定

EIOFSの具体的な指標例を紹介しましたが、未来の成功を予測するための指標を正しく設定するのは簡単ではありません。その理由は、市場や技術の変化が予測しにくいことや、特定の指標と成功の因果関係が明確でないことなど。業界や企業ごとに適した指標は異なるため、一律の基準も存在しません。

そのため、指標を選定する際には、データに基づいた客観的なプロセスが不可欠です。企業は、自社に蓄積されたデータを活用し、独自のEIOFSを構築することが求められます。

リソース配分の最適化

ある時点で先行指標がポジティブな兆候を示していても、過剰な投資には注意が必要です。市場環境は常に変化し、法規制の強化や新技術の登場によって、予測が大きく変わる可能性があるからです。そのため、投資は一気に進めるのではなく、段階的に判断することが重要になります。

例えば、「PoC(概念実証)→ ベータ版公開 → 本格展開」というように、ステップを明確にし、投資を増やすタイミングや撤退基準を事前に設定しておくとリスクを抑えられます。

実際、NVIDIAは「Drive PX」の開発初期にPoCを重視し、小規模なテストを実施していました。そして、主要自動車メーカー(Tesla、Volvo、VWなど)の関心が高まったタイミングで本格的な投資を行い、市場展開を加速させています。

短期志向と長期成長のバランス

長期的なビジョンが重要だからといって、短期的な業績(売上・利益)を蔑(ないがし)ろにすることは避けるべきでしょう。これは、上場企業としての責任でもあります。ステークホルダーの理解と協力を進めることは、EIOFSを導入するうえで忘れてはいけないポイントです。

まとめ

世界各国でAI開発競争が激化する中、NVIDIAが提供する計算リソース(H100など)は、今や戦略的に重要な存在となっています。

GPUは高度な専門技術によって設計・製造されており、半導体業界の中でも特に独占性の高い製品です。そのため、新規参入が容易ではなく、市場での優位性を確立しやすい分野といえます。

NVIDIAは20年以上前から、こうしたGPU市場の成長を予測していたのでしょうか。NVIDIAの成功により、今後さらにEIOFSへの注目が高まっていくことが予想されます。

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