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【急成長スタートアップの舞台裏】パーソナルドクター✖︎テクノロジーで、予防医療改革

急成長しているスタートアップを紹介する連載「急成長スタートアップ」の舞台裏。今回は、テクノロジーを活用したパーソナルドクターサービスで頭角を表しているウェルネスの創業者兼CEOであり、医師の中田航太郎さんに登場いただきました。

パーソナルドクターによるきめ細かいサービスとテクノロジーの融合で、予防医療の新たな地平を切り開くスタートアップ、ウェルネス。富裕層向けパーソナルヘルスケアサービスとして着実に成長を続けながら、その先には医療システム全体の変革という大きな構想を秘めています。ウェルネス創業者で医師でもある中田航太郎さんに、医師からスタートアップに転身した経緯や、同社が目指す未来像を語っていただきました。

地域を支える医療機関の医療DXを実現する

医療機関では、電子カルテや医事会計システムと連携し、業務効率化とデータ活用を実現する患者中心のDXが求められています。本ガイドでは、地域医療を支える医療DXの取り組みを紹介します。

より多くの人を救うために何が必要か

──まずは中田さんの原点から伺えればと思います。医師を目指したきっかけを教えてください。

中田:私は医師の家系に生まれて、親の仕事の都合で0歳の時にアメリカに渡りました。4歳の時に帰国したのですが、帰国直後に喘息を発症してしまったのです。その当時のかかりつけの小児科の先生がとても素敵な先生で、学校よりも病院に行くのが楽しみでした。

その先生は人に安心感を与えられて、もちろん症状も取り除いてくれる。「先生みたいになりたい」という気持ちから、自然と医師を目指し始めました。医師は、4歳頃からの私の夢だったのです。

中田 航太郎 Kotaro Nakada
医師(救急総合診療)、株式会社ウェルネス 代表取締役 CEO

1991年4月生まれ。4歳の時に喘息で入院した際、担当医への憧れから医師を志す。東京医科歯科大学医学部に入学し、医療を学びながら「プロ家庭教師」としても活動。10名以上の生徒を東大や医学部に合格させ、医学生の教育にも携わる。また、早稲田大学院でマインドフルネスの研究も行う。卒業後は救急総合診療に従事し、多くの患者さんと接する中で、忙しい現代人が抱える病院受診のハードルの高さやヘルスリテラシーの低さ、それらによる防ぎ得た苦痛に課題を感じる。2018年6月、株式会社ウェルネスを創業。2021年4月からパーソナルドクター事業を本格始動し、経営者や芸能人を中心に700人以上の健康をサポートする。主な著書に『人生100年時代を元気に生き抜く 医師が教える経営者のための「戦略的健康法」』がある。

──夢だった医師になったのに、起業したきっかけは何ですか。

大学5年生ぐらいから、実際の医療現場での臨床実習が始まるのですが、現場に出ると瀕死の状態で患者さんがほぼ毎日運ばれてくるのです。そして、莫大な医療費と膨大な医師のリソースを投下して緊急手術をし、命を助ける。

ご家族たちが「ありがとう」と言ってくださり、達成感を得る感覚はあったのですが、実際に会話をしていると「未然に防ぐことができた可能性が高い」と感じることが多かったのです。もっと早く治療していれば、こんな大きな手術をやらなくてもよかったのに。そう思う日々でした。

医師も急遽呼び出されるので、家族に「ごめん、今日も帰れない」と電話して、そこから深夜2時3時までオペをする。医師の負担も決して小さくありません。

学生だった私にできる仕事の一つが、患者さんのペインに耳を傾けることだったのですが、話を聞いていると、「実は数か月前から症状があったのだけど、後回しにしていたら倒れてしまった」とか「数年前から検査で引っかかっていたけれど、一度も診察を受けていない」、「そもそも検査自体、毎年やっていない」という人が多かったのです。

これは、忙しい人ほど病院に行きたくないという構造的問題があると感じました。医師は、目の前の患者さんを救うことに目が行きがちですが、俯瞰して見るとこの構造自体を変えていく必要があると気づいたのです。

たとえば、大腸がんのステージ4で腸に穴が開いて腹膜炎で運ばれた場合、5年生存率は20%を切ってしまう。技術を磨いて世界一の救急医になって、助けられる確率を上げたとしても、結局5年で8割以上の人が亡くなる。でも、ステージ0や1で見つけられれば、90%以上が助かる。

自分の人生40年、50年を医師として技術を磨くことよりも、構造自体を変えて重症化する前の患者さんにもっと早くアプローチするほうが、助けられる人は圧倒的に多いと考えたのです。

試行錯誤の末に辿り着いた予防医療の進化形

──病を治すのではなく、病を防ぐ道を選んだわけですね。そこから今に至るまでウェルネスのビジネスは順調だったのですか。

いえ、試行錯誤の連続でした(苦笑)。

医師として活動していた2年目に起業したのですが、その頃は病院に行きながら、一方でサービス内容とビジネスモデルを考え、仲間を集め、投資家にプレゼン。我ながらよく動いていたな、と(笑)。

創業当初は、単純に「多くの人を救いたい」という思いから誰でも使える安価な健康管理のためのサービスを作って消費者向けに提供したのですが、全くユーザーが増えませんでした。そこで方針を転換。BtoBに切り替えて、法人に対してパーソナルドクターサービスを始めました。ただ、これもうまくいきませんでした。

「健康経営」が叫ばれ始めた頃ですが、実際に健康に投資している企業は多くありません。重要性を感じている経営者は多いものの、お金を払っていただけるケースは多くはありませんでした。

そこで、またピボットとして経営者などの富裕層を対象にした「1時間3万円でなんでも話を聞く」という医療相談サービスを開始しました。

富裕層向けの人間ドックや医療サービスはすでにあったのですが、どれもきめ細かさに欠けていて、医師の視点で考えられたものはほとんどなかった。そこでパーソナルドクターサービスとして、オーダーメイドの人間ドックやお客様の健康データを可視化できるアプリ、24時間365日対応のパーソナルドクターチャット、面談など、病気を事前に防ぐための包括的なサービスをデジタルとアナログの双方を活用して始めたのです。

2021年4月に提供を開始し、徐々にお客様がお客様をご紹介いただくようになり700人ほどの方々にご利用いただいています。

「医師と起業家の視点」を併せ持つという希少価値

──健康データの可視化などで重要な役割を果たすアプリではどんな工夫をしていますか。

技術的には難しいことをやっているわけではないです。ただ、医療サービスで重要なポイントがありますので、そこはとても意識しています。

まず、極めて機密性の高いデータを扱うので、詳細は説明できませんが、当然システムのセキュリティには細心の注意を払っています。また、医療におけるテクノロジー活用のポイントは、データのクオリティの担保ですのでデータの品質も大事です。

例えば、安価なウェアラブルウォッチで取れる血圧データは、ノイズになってしまう可能性がある。そのため、データがどういうチャネルで取得されたのかという点が大事になってきます。単純にデータをどんどん入れられるようにするのではなく、データの質を担保できるワークフローやデータ入力の機構を整えています。

それと、我々の最大の優位性であるUI/UX。大企業がこの「医療×テック」の領域に興味を持って、PHR系のプロダクトに何億、何十億と投資することがありますが、医師が見たら「なんだこれは」と思うようなものが多い。

ただ数値が並べられていて、なぜこの数値とこの数値がここに並んでいるのかわからないということも多々あります。その点、ウェルネスでは私が最初からプロダクトマネージャーとして入り設計しているので、医師が見ても使いやすく、わかりやすいプロダクトになっているのが強みです。

──ライバルはいない、と?

世界的にみれば10年ほど前から同じようなサービスは出てきているのですが、ビジネスパーソンが始める場合と医師が始める場合の2パターンがあります。

ビジネスパーソンが始める場合、医師は絶対に必要ですから、その医師の育成・マネジメントが必要となる。ただ、医師は医師の言うことしか聞かないケースが多いので、ビジネスサイドの人材がうまくマネジメントできるケースはほとんどありません。その結果、空中分解することが多い。

逆に医師が始める場合、ビジネスの視点が乏しかったり、テクノロジーに明るくない人も多いですから、考えていることは優れていても、それを形にしたりビジネスとして成長させることが難しい。

それに対して、ウェルネスはどちらの視点も併せ持っている。そういう意味では競合はいません。

──ユーザーが増えてもクオリティを維持するには協業する医師の拡充も必要かと思います。

パーソナルドクターは、今30名弱の医師に参加いただいています。同時に外部で300人程度の専門医とも連携しています。医師の採用も重要なポイントで、実は医師も今、キャリアの不安に悩んでいるのです。2025年から2030年の間に医師と患者の需給バランスが逆転すると言われていて、今後、医師の需要が減っていくことは業界内の課題として認識されています。

そうした中、開業するほどのリスクは取りたくないけれども、病院勤務以外の軸を持ちたいという医師は確実にいます。当社のサービスは、医療行為ではなく健康を守っていくためのコンサルティング業務のような位置付けなので、業務委託報酬として支払いができ、副業やフリーランス的な働き方が可能です。これは新しいキャリア選択肢として、医師からも受け入れられやすいポイントになっています。

クオリティを落とさない着実な成長を

──今後のご計画を教えてください。

大きく3つを考えています。

1つ目は、既存のユーザーに対して提供できる幅を広げていくこと。我々のアプリ上にユーザーのあらゆる医療情報、ヘルスケア情報が集約されているので、その情報をもとに最適なサプリメントを提案したり、リスクに応じた保険商品を提案したりできればと思っています。

2つ目は、「サービスの大衆化」です。現在、担当ドクターが実際に面談をして、「この方にはこういうリスクがあって、今このサプリメントがいい」とアドバイスすると、その場で購入いただけることが多い。

これをAIなどで自動化して提案できないか、検証を始めています。もし成立するなら、アプリケーションを無料で提供し、自分のデータを全てウェルネスに連携しておけば、必要なものが見える化され、そこから検査予約したり、保険に加入したり、サプリメントを購入したりして、それらのトランザクションに応じてマネタイズするビジネスモデルも考えられます。

3つ目は、グローバル展開です。日本の医療は世界的に信頼されているポジションにあり、ウェルネスも現時点で13か国にユーザーがいます。シンガポール、アメリカ、インドネシアなど、様々な国にお客様がいるので、そのグローバルマーケットを取りに行きたいと考えています。

──より具体的なマイルストーンをお聞かせいただけますでしょうか。

まず既存事業の成長が重要だと考えています。来年末には1500人ぐらい、その次には3000人、次には6000人というように、サービスをご利用いただく方々の規模を着実に拡大していきたいと思っています。

ただし、スケールを急ぎすぎてプロダクトの質が落ちると、IPO時点で売上は良くても、将来性のないものになってしまう。我々は人の命に直接影響しうる領域なので、スケールと実際のサービスのクオリティのバランスが非常に重要です。どうやったらサービスのクオリティを落とさずに2倍にできるかは常に考えていますが、成長のためにクオリティを落とすことは絶対にやりません。

また、データ活用の観点からも様々な施策を検討しています。例えば、遺伝子検査との連携も将来的な選択肢の一つです。現状では日本人のゲノムデータと実際の臨床的なアウトカムを紐付けるような研究がまだ十分ではないため、今すぐの導入は考えていませんが、将来的にゲノムデータから得られる価値が上がってくれば、我々のサービスに組み込んでいくことも検討したいですね。

──最後に、「経営者」としての今後の展望をお聞かせください。

私の一番の強みは、医療の構造や医療自体に対する理解だと思っています。ビジネス面については、一つひとつキャッチアップしている段階ですが、これは逆に言えばチャンスでもあって、医療とビジネスの両方の知識を持った人材がほとんどいない中で、新しい価値を作れる可能性があります。

実際、社員でもう1人医師がいるのですが、その人にも経営の話をしながらビジネススキルを上げてもらっています。今までの医療業界の構造的な課題で、経営ができる医師というのは世の中にほとんどいないのです。だからこそ、参入障壁になりますし、我々のような新しいモデルが求められているのだと思います。

予防医療のマーケットも、アメリカでは既に生命保険マーケットの30%程度を予防系が占めると言われています。健康状態に応じて保険料を最適化できるようになりますから、「何かあった時のために保険料を払う」だけではなく、「予防とセットで保険を商品化する」というトレンドが出てきている。こうした動きは日本でも確実に起きてくると考えています。

また、世界的なトレンドとして、組織ではなく個人の価値がどんどん上がってきます。医療においても、病院に所属していれば食べていける時代は終わりつつあります。シェアリングエコノミーの考え方が医療にも広がっていく中で、医師個人の価値や、患者さん個人に対してきちんと医師が介在するサービスの重要性が増していくでしょう。

例えばアメリカのデータを見ると、自分の医療データをGAFAに提供してもいいと考えている人は約7%しかいません。日本でも同様で、なぜ自分のデータを大手IT企業に提供しなければならないのかという声は多いはずです。やはり、医師がちゃんと介在するサービスに、人々のデータが集まってくるのだと思います。

AIが進歩して、データを解析する技術はどこまでも発展していきますが、リアルワールドデータは医療の現場でしか取ることができません。だからこそ、医師が前面に立って提供するサービスが、今後のヘルスケア領域では重要になってくると考えています。

もちろん、こうしたビジョンの実現には時間がかかります。ただ、一人でも多くの人の人生を良くすることが私の原点であり、そのために最適なアプローチを追求し続けたいと思っています。予防医療を通じて、誰もが自分の健康に主体的に向き合える社会を作っていく。それが私たちの目指す未来像です。

我々としては、まずは民間の市場でしっかりとした価値を証明していき、その上で社会全体の仕組みを変えていく。そのために、一歩一歩着実に歩んでいきたいと考えています。

医療課題を解決するAIエージェントの力

注目されている自律型AIのAIエージェントは医療でどのように活用されていくのでしょうか。今回はその一例として病院コンタクトセンターにAIエージェントを活用するデモをご紹介いたします。

企画・執筆:池上雄太
撮影:遥南 碧
編集:木村剛士

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