Key Takeaways
「関西支社」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、東京本社が決めたことを実行する「一営業所」ではないでしょうか。営業担当者がいて、SEが少し在籍し、間接部門はない。外資系テクノロジー企業の地方拠点は、おおむねそうした姿で固まっています。
セールスフォース・ジャパンの関西支社は、その通念から大きく外れています。2人で立ち上がった組織は、十数年で200人規模に進化。営業もSEもアライアンスも採用もバックオフィスも、ほぼすべての機能が一つのフロアに揃い、「支社の中で物事を決めきれる」。外資系テクノロジー企業の中では、異質な組織です。
なぜ、関西支社はそのような形に育ったのか。そこで働く醍醐味とは何か。執行役員関西支社長の佐藤亮のインタビューから、「セールスフォース・ジャパン関西支社」を紐解きます。
目次
達成率は10-20%。「クビ」を覚悟した入社早期
──関西支社の話に入る前に、佐藤さん自身のキャリアを聞かせてください。今は支社長を務めていますが。最初からエース街道を歩んでいたわけではない、と。
佐藤:エースなんてほど遠く、完全に落ちこぼれですよ(苦笑)。
少し私のキャリアを振り返ると、セールスフォース・ジャパンに入ったのが2012年。出身は東京なのですが、社会人1年目から名古屋、大阪といった中部・関西地域でしか働いたことがなく、その流れでセールスフォース・ジャパンでも関西エリアを選択しました。
入社直後の希望は、大企業ではなく中堅企業向けのセールスでした。前職では7年間、大企業のお客様ばかりを担当してきたのですが、その当時通っていたグロービスで中堅・中小企業の社長たちと話す機会を得て、こんなに面白い経営者がいるんだ、と。社数を多く担当して、いろんな会社と関わりたいと思っていました。

株式会社セールスフォース・ジャパン
執行役員 関西支社長 関西支社 エンタープライズ営業本部 本部長
2012年、株式会社セールスフォース・ジャパンに入社し、関西支社の中堅〜大手規模のアカウントを担当する営業部に所属。製造業を中心に営業改革プロジェクトの企画から実行まで を担当する。2019年2月より同支社エンタープライズ営業部の部長に就任し3年連続で目標を達成。2022年9月より同支社営業本部の本部長に就任し、関西の大手アカウントの事業責任者として事業拡大を展開する指揮を執る。2024年2月に関西支社長に就任し、現在に至る。 関西支社の中堅規模以上の企業を担当する営業チームの責任者として、営業マネージャー、 営業担当の育成から人材採用、関西支社の売上成長、お客さまの成功をミッションとして日々 取り組んでいる。
私の落ちこぼれが始まったのは入社直後から(苦笑)。大きなプロジェクトをたまたま受注できたんです。役員同士のつながりから生まれた商談で、大阪のコマーシャル営業としては過去最大の規模でした。
傍から見れば良いことのように思われるかもしれませんが、それがいけなかった。「自分の実力で取った」と勘違いして完全に天狗に……。そこからは凋落の一途。4年、谷底でした。達成率はずっと10%から20%。クビを本気で覚悟しました。

──4年は、長いですね……。
正直に言って、しんどかったですよ。当時は、エンタープライズへの提案方法は誰からもまともに教わったことがなくて自己流。正しいオペレーションを教わっても、心のどこかで「自分の経験でいけるはず」と肯定できずにいた。そんなもやもやを抱えながら、4年もの月日が流れてしまいました。
転機は5年目です。それまでの関西地域での最大プロジェクトと比べて3倍もの大きさの案件を託されました。それは、小出(伸一・会長兼社長)さんから直接「必ず取れ」と言われた仕事で、正直に言ってビビってました。
それまで自己流の営業スタイルでしたから、エンタープライズの売り方が本当にわからなくて、どうしていいか手を焼いている中、何かのヒントを得たいと衝動的に東京本社のトップセールスたちに会いに行ったんです。そこで驚いたのは、1社に対する覚悟とお客様理解の深さでした。
自分の営業の方向性は間違っていなかったけれど、思考量と行動力が当時の私には圧倒的に足りなかったことを痛感させられました。
その商談はその気づきを生かしてなんとかうまくいき、それ以降はその教訓と経験を生かして、3年連続で目標を達成できるようになりました。

支社長という肩書きをいただいた今、この4年間のことを関西メンバーに話すと、「いやいや、絶対嘘ですよね」と驚かれますが、全然そんなことはないんです。
今振り返ると、売れない営業の気持ちが痛いほどわかりますから、あの時の苦労はマネージャーとしての私の強みだと思っています。

2人から始まった大阪支社は、十数年で200人規模に
──関西支社そのものの歴史にも触れさせてください。
関西支社の前身ができたのは2005年。2人でスタートしたと聞いています。私が入社したのは2012年で、その当時は10人ほどでした。今はおおよそ200人規模です。
大阪支社の軌跡を辿ると、主に3つのフェーズがあったように思います。1つ目は立ち上げ期。2つ目は中堅・中小企業の売り上げを一気に伸ばすことができた成長期。そして「プロジェクトセリング」の型が浸透し、エンタープライズ企業にも入り込めるようになった今が第3段階だと感じています。
順調に規模が大きくなっている中でも感慨深い出来事が、2025年に開催した「World Tour Osaka」です。
それまで関西でもイベントを実施したことはありますが、「World Tour」というセールスフォース・ジャパンのフラッグシップイベント名を冠したイベントは開けていなかった。実績を評価してもらい開催することになり、当日は2000人近くの人が集まってくださいました。
▶︎2026年6月に開催した最新のWorld Tour「Agentforce World Tour Tokyo 2026」の内容はこちら。
東京で仕事をしている人にはわからないかもしれませんが、関西の1社単独でのイベントで、1000人を超える人を集められるケースはほぼありません。同業界の役員と垣根を超えて定期的に情報交換しますが、「関西独自でイベントをやれていること自体が、もう大阪の誇り」とよく言われるほど。
多くの企業は東京でのイベントに地方が出向く形が定着していて、「支社」として形をなしている企業は関西では少ない中、セールスフォース・ジャパンは以前から支社を設置しています。それだけでも自負心は持っていましたが、このイベントの成功は非常にエポックメーキングな出来事でした。

支社で完結する組織が、東京へ型を”逆輸出”する
──大阪支社の特徴、ほかのテクノロジー企業の支社にはない強みを教えてください。
ひと言で言えば、「支社完結型の組織」であることです。
一般的に、外資系テクノロジー企業の地方拠点は「営業拠点」で、ほぼ営業担当者しかいません。ほかにいたとしてもSEが少しいるくらい。サポート部門は東京本社から支援を受ける形が多く、事業組織としての十分な体制が整っていないケースがほとんどです。
でも、セールスフォース・ジャパンの関西支社は、営業担当者もSEもアライアンスも採用も総務もいる。だから、声をかけてメンバーを集めれば、大半のケースはその場で意思決定し、プロジェクトを動かせる。「本社で決まったことをやる」ではなく、自ら考え、決め、実行できる。

それだけでなく、「関西オリジナルのモデルを作って成功事例を作り、東京に持ちこんでくれ」と、本社からも期待されています。実際に、エンタープライズのセールスプレーやAI商談の提案の型、イネーブルメント(人材育成)のテンプレートなど、東京本社に“逆輸出”しているノウハウがいくつもあります。

関西経済圏の一翼を担う。地域にコミットする覚悟
──今年、関西支社として初めてビジョンを策定したと聞きました。
「関西経済圏の一翼を担う」という言葉を、今年スローガンに正式に掲げました。
「一端を担う・貢献する」ではなく「一翼を担う」に私の気持ちを込めています。「一翼」と言うならば、関西地域や社会、企業と一体にならなければなりません。関西のGDPの成長、関西企業の売上の成長に自分たちが組み込まれていくという宣言です。
「セールスフォース・ジャパンの関西支社があったからこそ、関西が成長した・面白くなった」と地域のみなさまに言っていただきたい。そのために、関西全体のコミュニティを自分たちが中心になって作っていくという気概で挑んでいます。
──社会への貢献としてはどのようなことを手がけていきますか。
まずは関西のDX人材の母数と質を、学生のレベルから上げたいと思い、行動に移しています。今は大学のデータサイエンス系の学部に対して、データ分析・可視化プラットフォーム「Tableau(タブロー)」の無償提供と授業への講師派遣、インターンの受け入れを進めています。
関西大学のビジネスデータサイエンス学部では今、2シーズン目の授業をやっていて、奈良先端科学技術大学院大学でも2回目の授業を予定しています。
それだけでなく、お客様にも登壇してもらうようにしています。データサイエンス系の学生は、企業から見れば喉から手が出るほど欲しい人材。そこに講師として出会い、お客様の事業について少しでも学生に話ができれば、採用活動を後押しし、お客様の事業を支援することができますから。
私たちは、関西で大学と企業をマッチングし、お互いWin-Winの関係を作るハブにもなっていきたい。そのことが、結果的に「コミュニティセリング」という関西支社の中期戦略につながっていきます。

大企業の資本とベンチャーのダイナミズムを併せ持つ組織
──十数年で200人規模にまで組織が大きくなったことで、できるようになったことは何だとお感じですか。
たとえばTableauを大学に無償提供して、授業にリソースを割ける。これは少人数のスタートアップには絶対にできません。「忙しいのに大学で授業を持つ」なんて、無理な話ですから。
人数がいるからこそ役割分担ができて、今のプロジェクトには20ー30人が関わってくれている。「自分の人生の中で大学で授業ができるとは思わなかった」と、メンバーたちのモチベーション向上にもつながっています。これは、会社の資本があるからこそ、社会に手を伸ばせる規模の恩恵で、ほかにもリソースがあるからできることは黎明期よりも増えてきました。
──一方で、穿った見方をすると、10人、20人だった頃のスタートアップらしさは、薄れているのではないですか。
確かに、10人規模の黎明期とは違うでしょう。ただ、あの頃よりも関西支社は進化しています。なぜなら、柔軟性とスピードは残したまま、組織として成熟した安心感も併せ持つ集団になっているからです。いわば「大人になったスタートアップ」。大企業の資本と、ベンチャーのダイナミズム。その両方を持っているのが今の関西支社の魅力です。
──Salesforceは変化の激しい会社です。ハードな面も率直に教えてください。
否定はしません。むしろこれまでを振り返って、今が一番変化の激しい時期だと感じています。
AIの時代に入って、提案の難易度は上がる一方です。Salesforceが持つソリューションポートフォリオは年々広がり、CRMからAIエージェントを提供する会社へ変革真っ最中でもあり、学ぶべきことも多い。業界の傾向や土地柄、慎重なお客様が多い関西地域では、お客様に入り込むのが他地域よりも難しいと思っています。
ただ、関西支社には、この変化に耐えやすい構造があります。現地にイネーブルメント(人材育成)がいて、ワンフロアに先輩も別部署もSEもいる。聞きやすいし、相談しやすい。社内で職種を移った人も多いから、部署をまたいだ橋渡し役があちこちにいる。助け合う文化がしっかりと根付いている。
3000-4000人の組織だと少し遠慮してしまうことも、200人規模なら非常に身近にサポートを受けられる。なので、この変化の激しさも、関西支社で働くうえでは、むしろプラスなんです。

「ゼロから一を作りたい人」と、「関西愛の強い人」へ
──では、これからの関西支社に、どんな人に来てほしいですか。
一番は、ゼロから一を作りたい人です。会社自身も売り物が変わっている真っ最中で、その中で関西は、独自にチャレンジを仕掛けていきたい。自ら企画して、組織を変えたい、売り方を変えたい、新しい売り物を作りたい。そうした気概のある人ほど、活きる場所です。
もう一つは、関西愛の強い人。これはバカにできない要素で、地元出身の社員が地元のアカウントを担当した瞬間に、活動量が跳ね上がることがよくあります。小さい頃から知っている企業と、誇りを持って仕事ができる。その情熱は、お客様にも必ず伝わるんです。
実際、関西支社のメンバーの2割ほどはUターン組です。神戸、京都、大阪の出身で、東京や他地域で働いてきた人が、地元に戻ってくる。そんなキャリア選択をした人が、関西の勢いをつくっています。
「自分で動かせる手応え」を手にしたい人。関西で何かを起こしたい人。そういう人と、関西支社の次のフェーズ、第4の成長期をつくっていきたいと思っています。
取材・執筆:木村剛士、撮影:遥南碧










