ビジネスの現場では、最も本質的な進歩が静かに起きています。AIは今、リアクティブからプロアクティブへ、汎用から専門へ、そして矛盾から信頼へと確実な進化を遂げています。
AIのビジネス活用に携わるすべての人にとって、近年の最も決定的なブレイクスルーは、もはや「モデル層」で起きているのではないことを認識することが重要です。「システム層」、つまりLLMを完全なエージェントシステムへと変革するメモリ構造や推論エンジン、APIコール、そしてインターフェースで起こっているのです。
これから紹介する5つのトレンドは、すべてこの「システム層」で機能し、2026年のエンタープライズAIの根本を変える可能性を秘めています。
現在はまだプロトタイプのものもあります。しかし、その多くは今後12〜18か月以内に現実になるでしょう。これらはすべて、現在Salesforce AI Researchのラボで進展している研究に基づいており、リスクと学びが最大となるような極めて重要な現場で、AIを導入する準備ができているお客様とともに実証されています。
これらの変化を総合すると、AIエージェントで業務を革新する企業の出現を指し示しています。それは、人間とAIエージェントが協働し、ワークフロー全体でインテリジェンスが継続的に機能することでパフォーマンスと判断力を高める組織形態です。
目次
人材不足を解決し、労働革命をもたらす「AIエージェント」
人材不足が慢性化する中、Agentforceは、営業・サービス・マーケティング・コマースなどフロントオフィス業務全般を支援する、強力かつ自律的なAIエージェントを構築できる製品です。
トレンド#1:アンビエントインテリジェンス(環境知能)
AIはバックグラウンドで「常時稼働」し、行動すべきタイミングを認識します。
現在、ほとんどのAIエージェントは受動的で、人間によるプロンプトを通じて指示された特定のタスクを実行するにとどまっています。しかし、私たちは今、バックグラウンドにシームレスに組み込まれたAIシステムへと移行しています。
これらのシステムは、コンテキストやワークフロー内で何が起きているかを把握し、インサイトや関連情報をプロアクティブに提供することが可能です。
これが、私たちが「アンビエントインテリジェンス(環境知能)」と呼んでいるものです。
顧客と対話している営業担当者を例に考えてみましょう。AIエージェントは会話を聞き取り、顧客とのやり取りの中で、プロンプトを一切必要とせず、リアルタイムで提案し、インサイトや裏付け資料を自動的に提供します。
さらに、AIエージェントは自ら「アクション」を起こします。単に次にとるべきステップを報告するのではなく、自ら優先順位を付けてトリアージ(処理)し、最新情報をリアルタイムで営業担当者に共有するのです。
「依頼して受け取る」から「予測して届ける」へのこの転換は、ナレッジワーカーの働き方を根本から変革するでしょう。今後1年以内には市場に登場する予定です。
これは各業務でどのような結果をもたらすのでしょうか。中でも、サービス業務は劇的に進化します。
コンタクトセンターでは、アンビエントインテリジェンスが単なる通話記録から、プロアクティブな介入へと進化し、担当者が必要と気づく前に、エスカレーションの緩和策を提案したり、関連するポリシー情報を提示するようになります。
フィールドサービスでも同様の変革が起こります。現場に到着した技術者は、アンビエントインテリジェンスが診断データを監視し、修理履歴を掘り起こし、必要な部品を予測することで、リアルタイムのガイダンスを受けます。これらが、プロンプト不要で行われるのです。
知的エージェントについて理解する
知的エージェントは、環境と対話するように設計されたAI駆動型システムです。これらのエージェントは、カスタマーサポートを簡素化し、財務予測を改善することで、自動化の未来を形作っています。
トレンド#2:セマンティックレイヤー:エージェントコラボレーションを実現
AIエージェントは新たな「共通言語」を用い、あなたに代わって他社と交渉します。
AIエージェントはすでに、組織内において業務効率を倍増させる存在(ワークフォース・マルチプライヤー)として機能しています。在庫管理や請求、物流といった各分野に特化した専門AIが活躍しています。
次の進化で加わるのは「オーケストレーターエージェント」です。これは、スペシャリスト集団を調整する仲介役であり、ユーザーの好みやビジネス目標に沿って動くパーソナルAIアシスタントとして機能します。
このオーケストレーション機能自体は新しいものではありません。以前私はAIシステムが「モノフォニック(単音)」から「ポリフォニック(多音)」、そして「アンサンブル(合奏)」(英語)へと進化する過程を考察しました。そして今日、Agentforceはすでに組織内において、このポリフォニックのフェーズを実証しています。
2026年における新しい要素は、組織の境界を越えたAIエージェント同士のコミュニケーションを可能にする「セマンティックレイヤー」です。これは、異なる組織のAIエージェント同士が、単にデータを交換するだけでなく、意図を理解し、信頼性を検証し、条件を交渉できるようにするための「共有言語」のようなものと考えてください。
最も興味深いシナリオは、異なる企業から派遣されたオーケストレーターエージェント同士が、直接交渉を開始したときに展開されます。
自動車購入を例に考えてみましょう。あなたのパーソナルAIエージェントは、ディーラーのAIエージェントと交渉するだけではありません。保険会社、金融機関、サービスプロバイダといった各社のAIエージェントと同時に調整を行います。
このような多者間交渉には、高度なセマンティックフレームワークが必要です。これにより、意思決定に至る過程の透明性を維持しつつ、すべての関係者が倫理的・法的な境界線内で行動することを保証します。
私たちのチームは、これらのエージェント間通信プロトコルを積極的に構築しており、組織を越えたAIコラボレーションのための「ルール」を確立しています。
その構成要素はすでに姿を現し始めており、Googleは最近、自社のA2A(Agent2Agent)仕様において、私たちのAgent Card(エージェントカード)のコンセプトを採用しました(英語)。
これは、AIエージェントの能力、制限、適切なユースケースを記述した標準化されたメタデータです。これらのカードによって、能力の把握やバージョンの交渉が可能になり、異なる組織のエージェント同士が、取引を開始する前に互いに「何ができて、何ができないのか」を理解できるようになるのです。
マルチAIエージェントオーケストレーション
複雑な問題を迅速に解決するために連携して動作する、協調的なAIエージェントチームを構築します。インテリジェントなタスクルーティングにより、常に最適なAIエージェントが最良の回答を提供します。
トレンド#3:シミュレーション環境
AIは認証を受ける前に「飛行時間」を必要とし、規制当局はその証明を要求します。
AIのパフォーマンスは本質的に「ギザギザ(Jagged)」で一貫性がなく(英語)、企業への導入においては許容できない不安定さを孕んでいます。最先端のLLMでさえ、名前の文字数カウントに苦労しているにもかかわらず、これらのシステムに、在庫管理や財務調整といったミッションクリティカルな業務を任せようとしています。
このトレンドの方向性として、企業のAI調達において、シミュレーションで検証されたパフォーマンス指標が必須要件となります。 パイロットには飛行時間が必要であり、外科医には監督下での手術経験が必要であるのと同様に、AIエージェントも顧客対応を任される前に、現実的なシミュレーション環境での訓練時間の実績が必要になります。
技術的な基盤はすでに存在します。私たちは「eVerse」というシミュレーション環境を開発しました。ここではAIエージェントが、専門家によって検証された何千ものシナリオを用いてトレーニングを行います。
「情報が不完全な顧客からの返品」「矛盾したデータを含むサービスリクエスト」「ステークホルダーの要件が変化する営業交渉」など、現実的なBtoBおよびBtoCのシナリオを生成します。AIエージェントはこれらのシナリオでタスクを実行し、その失敗と成功を測定し、強化学習を用いて行動を最適化します。
「Agentforce Voice」のリリースにおいて、様々なアクセントや割り込み、背景ノイズ、不安定な接続状況などを含む数千件の合成会話によるストレステストを実施しました。
UCSF Health(カリフォルニア大学サンフランシスコ校ヘルスケア)でのパイロットテストでは、シミュレーションベースのトレーニングにより、88%のタスクカバー率を達成しました。これは従来のアプローチで達成される60〜70%を大きく上回る数値です。
このトレンドは単なる技術的なものではなく、今後18か月以内で市場の要件となるでしょう。企業のバイヤーは「このAIエージェントは、シミュレートされた環境で何時間のトレーニングを完了したのか?どのようなエッジケース(例外的な事例)に遭遇したのか?そのトレーニングデータを見せてほしい」と要求するようになります。シミュレーション環境は、セキュリティ監査や稼働率保証と同じように、企業におけるAI調達の標準となるでしょう。
この変革は、私たちが「リアリティギャップ(現実との乖離)」、つまり制御された環境でのAIのパフォーマンスと、複雑な現実世界でのパフォーマンスの差に対処するものです。
テキストデータのみによる学習は飽和状態に達しました。シミュレーション環境を通じた「経験からの学習」は、AIエージェントを単なる汎用言語モデルから、最も重要な局面で確実に機能するエンタープライズ特化型システムへと変革させるのです。
博報堂DYグループ初のCAIO、森正弥が今問い直す「シンギュラリティの可能性」
博報堂DYホールディングスCAIOの森正弥氏がAIの潮流とシンギュラリティの可能性を考察しました。
トレンド#4:エンタープライズジェネラルインテリジェンス
AIは一貫して優れたものになります。
定理を証明したり詩を書くAGI(Artificial General Intelligence、人工汎用知能)を追い求める代わりに、私のリサーチチームはEGI(Enterprise General Intelligence)と呼ぶものに焦点を当てています。これは、複雑なビジネスタスクを機能と一貫性を備えて遂行するAIエージェントのことです。
EGIには何が必要でしょうか?それは実際のビジネスコンテキストで重要となる能力、すなわち、複数のステップにわたる長期的な推論、変化するルールに適応する適応型インテリジェンス、深いリサーチと分析、そしてリアルタイムでプロアクティブなインサイトです。
しかし、機能だけでは不十分です。EGIは、ノイズや情報の欠落、そして例外的なケースが存在する状況下でも「一貫性」を保つことを要求します。90%の精度では通用しません。ビジネスが求めるのは99%です。
今年のトレンドは、一貫性と機能の両方を評価する新たなベンチマークの登場でしょう。
誤解を招きやすい標準的なAGIベンチマークではなく、ヘルスケアや金融など、特定のビジネスドメインにおけるビジネスユースケース(サービス、セールス、フィールドサービス、コマース、マーケティング)に特化したEGIベンチマークです。
私たちはすでに、精度とコスト、速度、そして信頼性と安全性に対してモデルの性能を測定するベンチマーク「Agentic Benchmark for CRM」(英語)など、初期バージョンを導入しています。今後18か月で、これらのビジネスクリティカルな基準は、単なる学術的な演習を遥かに超えたものになるでしょう。企業のAI調達における必須条件となり、あらゆるRFPに記載されるようになります。
テクノロジーやビジネスリーダーたちは、「このAIシステムは優れているか?」と問うのをやめ、「このAIシステムは、特定のビジネスコンテキストにおいて、信頼に足る卓越性を一貫して発揮できるか?」と要求するようになるでしょう。高い機能と高い一貫性の両立を達成した企業こそが、変革的な価値を解き放つことができます。
一方で、時に優れていても、一貫性に欠けるAIで妥協する企業は、導入がパイロット運用の煉獄で行き詰ることになるでしょう。
人とAIが協働する新企業体「Agentic Enterprise」に進化するための具体的ステップ
顧客との関係を理解したAIエージェントと人が協働する新たな企業体「Agentic Enterprise(エージェンティック エンタープライズ)」に進化するための実践的8つのステップを紹介します。
トレンド#5:スペーシャルインテリジェンス
AIは、現実世界そのものを理解するようになります。
今、大きな変化が起きています。それは「空間知能」への移行です。つまり、三次元空間を認識し、それについて推論し、相互作用するAIの能力です。次の飛躍を象徴する「世界モデル(ワールドモデル)」は、3D環境だけでなく、摩擦、感触、物体の挙動といった物理的特性をも捉えます。
これは空間を「見る」ための単なるコンピュータビジョンを遥かに超えたものであり、その空間内でAIが「どのように行動すべきか」を理解することを意味します。
この分野のリーダーであるFei-Fei Li博士は、自身のビジョンに関するエッセイを発表したばかりであり(英語)、Yann LeCun氏も世界モデルに注力するためにMetaを離れました(英語)。この分野のパイオニア2人が、独立して同じテクノロジーに将来を賭けたことを考えれば、企業のリーダーは注目すべきです。
世界モデルにより、現実世界の言語を処理するだけでなく、現実世界そのものを理解して対話するAIが可能になります。これは今後1年、企業のリーダーにとって何を意味するのでしょうか?
初期のビジネスアプリケーションではすでに始まっています。
コマース分野では、リアルタイムで調整される、パーソナライズされたショッピング環境、つまり静的な仮想店舗ではなく、学習し応答する空間が登場するでしょう。
物流分野では、Amazonのような企業が、すでに世界モデルを使用することで、空間的関係を理解し、物体の動きを予測し、変化する環境に適応する倉庫ロボットシステムを実現できることを実証しています。
フィールドサービス技術者は、単に修理マニュアルに従うだけではなくなります。空間推論能力を備えたAIと連携し、AIはコンポーネント間の三次元関係をモデル化して問題を診断し、実際の物理的状況に基づいた適切なガイダンスを生成します。
世界モデルは、AIをビジネス現場と確実に結び付けます。しかし、この記事のすべてのトレンドと同様に、真の課題はモデルそのものではありません。世界モデルを完全なエージェントフレームワークへと統合する、メモリシステム、推論エンジン、インターフェースの構築こそが重要です。
これらの機能が成熟し、Agentforceのようなエンタープライズプラットフォームと統合されるにつれ、これまで想像もできなかった領域で、全く新しいカテゴリで人間とAIのコラボレーションが現実になるでしょう。
Salesforce デベロッパーブログ
最新の記事をご紹介します。
将来を見据える:人間の責務
上記5つのトレンドに通底しているのは、人間がしっかりと舵を握り続ける必要があるという点です。
アンビエントインテリジェンスは、関連性を失うことなく、沈黙を守るべきタイミングを認識しなければなりません。マルチエージェントシステムには、私たちの価値観や法的枠組みをエンコードした、明確な指揮系統と通信プロトコルが必要です。
シミュレーション環境には、シナリオを検証し「卓越性」とは何かを定義するドメインエキスパートが不可欠です。それこそが、制御されたテストと複雑な現実世界への実導入との間にある「リアリティギャップ」を埋めるカギとなります。そしてEGIでは、モデルの基準ではなく、私たち自身の基準で一貫性と信頼性を定義することが求められます。
エンタープライズAIの未来は、かつてない規模で人間の判断力を増幅させます。2026年に主導権を握る組織は、今日から準備を進めている組織です。すなわち、ガバナンスフレームワークを確立し、チームに対してAIとのコラボレーションに関するトレーニングを行い、エージェントオーケストレーションのためのインフラを構築している組織です。
私たちは今この瞬間も、今後18か月にわたって企業の運営方法を変革する実用的なシステムを構築しています。それらは現在のハイプとは必ずしも一致しないかもしれません。
しかし、これらのマクロトレンドの転換は、私たちのラボやお客様への導入現場から直接導き出されたものです。研究に根差し、実世界の実装によって検証され、そして「最も強力なAIとは、人間の指示を仰ぐべきタイミングを心得ているAIである」という原則に基づいています。
2026年には、こうしたトレンドがAIを大きく変革するでしょう。問題は、あなたがこの未来形成に貢献するのか、それとも単にそれに反応するだけなのか、ということです。2026年へ、そしてエンタープライズAIの未来へようこそ。
本記事へのインサイトと貢献に対し、Patrick Stokes氏、Jacob Lehrbaum氏、Itai Asseo氏、Karen Semone氏に感謝の意を表します。
※なお、本記事は米国で公開された “Beyond the AI Hype: Five Trends That Will Transform Business in 2026” の抄訳版で一部編集した内容です。本ポストの正式言語は英語であり、その内容および解釈については英語が優先されます。
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