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【曽根秀晶】AI時代に問われる意思決定の「美しさ」。ヘラルボニーの「倫理の迷いの森」の歩き方

2025年にヘラルボニーのCOOに就任した曽根秀晶さん。「福祉×アート」という前例のない領域で、データだけでは判断できない意思決定にどう向き合っているのか。その経営哲学を聞きました。

 

Key Takeaways

This summary was created with AI and reviewed by an editor.

「異彩を、放て。」を掲げ、障害のある作家が生み出すアートをビジネスの力で社会に届けるヘラルボニー。

2024年に同社へ参画し、2025年1月にCOOへ就任した曽根秀晶さんは、マッキンゼー・アンド・カンパニーや楽天、ランサーズで培った経営の知見を武器に、前例のない事業の社会実装に挑んでいます。

AIが最適解を出せる時代に、人間は何を問うべきか。「迷いの中に倫理がある」と語る曽根さんの経営哲学を伺いました。

「買う」「働く」から「生きる」のプラットフォームへ

──曽根さんはマッキンゼーから楽天、ランサーズを経て、2024年にヘラルボニーに移籍しました。なぜヘラルボニーだったのでしょうか。

直感です(笑)。ただ、自分のキャリアを振り返ってみると「何かの力で誰かをエンパワーメントする」という1本の軸でつながっていたように思います。

最初の転機は、マッキンゼーから楽天に移った時。三木谷浩史さんの近くで、インターネットを武器に全国の中小企業や地方の商店が力をつけていく過程を目の当たりにしました。

その後、ランサーズでは「働く」という文脈で、個人のクリエイターやフリーランスをエンパワーメントするプラットフォームづくり。上場も経験し、1つの仕組みを完成させた手応えがありました。

そして今、ヘラルボニーで向き合っているのが、障害のある作家たちのアートをビジネスにつなげ、エンパワーメントすることです。

楽天が「買う」、ランサーズが「働く」だとしたら、ヘラルボニーは「生きる」という営みそのものに関わる事業です。ヘラルボニーが向き合うテーマは、より深遠で課題も格段に難しい。だからこそ、挑戦する価値があるとも思っています。

「今」と「100年後」が同居する、「青い炎」が宿る組織

──ヘラルボニーに移籍してから約1年。外から見ていたイメージとギャップを感じることはありましたか。

外からは、次々と新しいチャレンジをしている勢いのある組織に見えるかもしれません。しかし、中に入って肌で感じたのは、その勢いの源泉にある、もっと静かで切実なエネルギーでした。

私はこれを「青い炎」と呼んでいるのですが、一人ひとりが自分なりの深い思いを持っているんです。

ヘラルボニーには障害のあるご家族がいる社員も多いのですが、それだけではありません。自分自身が何かのマイノリティであったり、社会との関わりの中で「これっておかしいんじゃないか」という根源的な問いを宿していたりする。

その個人的なモヤモヤを「どうすれば社会を変えられるか」というポジティブなエネルギーに変換しているんです。反骨心があり、どこまでも愚直で誠実。そんな「青い炎」の集合体こそが、ヘラルボニーなのだと感じています。

──その「青い炎」は、社内でどのようなときに感じますか。

例えば、毎週の全社ミーティングでは、答えのない問いを全社員に投げかけるんですよ。亡くなった作家さんへの愛を語り合う日もあれば、「世界一の基準から逆算して、今やるべきことは何か」をシビアに議論する日もある。月曜の朝一なのに、15分のブレイクアウトセッションでかなり活発な議論が起きます。

社内には哲学的な問いを投げかける人が多いんです。入社して何より驚いたのは、「今、この瞬間の感情」と「100年後の未来」という壮大なスパンが同居していて、その間がすっぽり抜けているような不思議な時間軸の中にいるという感覚でした。

普通のビジネスであれば、3年後や5年後といった中期経営計画から逆算してアクションを決めますよね。でも、ヘラルボニーの根底にあるのはもっと長いスパンです。

「100年後に『障害』という言葉がこの世からなくなっていたら、その未来ってワクワクするよね」とか、「19世紀のアーツ・アンド・クラフツ運動が、ヘラルボニー運動として100年後に蘇ったらどうなるか」といった問いが、日常的に、軽やかに飛び交っているんです。

──「今と100年後」のように相反する要素を1つの組織の中で両立させていくのは難易度が高そうですね。

その難しさは日々感じています。そもそも経営とは、矛盾や相反するものを両立させていく営みです。「短期と中長期」「内部の利益と外部への価値提供」など、一般的なビジネスでも相克はありますが、ヘラルボニーの場合はその次元がまったく違います。

「社会性と経済性」「アートとビジネス」「岩手の深い精神性とグローバル市場への広がり」。一見するとつなぎようのないものが同時並行で存在しています。ここで決断したことを正解にしていくのが、ヘラルボニーの難しさであり、面白さです。

すべての人のために
平等な職場と世界を創る

私たちはすべての従業員が自分らしくあり、サポートされる、また成長を実感することで、キャリアの中で最高の仕事をする力を発揮できる職場づくりにコミットしています。

──組織が80人を超え、さらに拡大していく中で、その純度の高いカルチャーをどう維持していくのでしょうか。

私はよくミッションへの共感を、ウイスキーの濃度にたとえています。

創業期の数名であれば、全員がアルコール度数100%の原液でいられたかもしれません。しかし、人が増えるにつれて、ロックで飲む人もいれば、水割りやハイボールのように軽やかに楽しむ人も増えていく。

組織が大きくなる過程で、濃度が多様化していくのは極めて自然なことです。全員がスコットランドのアイラ島まで行くような、熱狂的なマニアである必要はありません。

大事なのは、ハイボールから入った人が「もっと深く知りたい」と感じたとき、ロックや原液へと近づいていける仕掛けを設計しておくことです。

「まずハイボールで」という人には、その濃度に合った接点を用意する。好きになってきたら「じゃあロックでどうですか」と次のステップを差し出す。そうやって段階的に体験を濃くしていく仕組みが必要だと考えています。

また、今や私たちの仲間は社員だけではありません。フリーランスや業務委託、共創パートナーである企業の皆さんも、広義のヘラルボニーの仲間です。それぞれの立場に合わせて、どの濃度で、どのタイミングで一緒になれるかを考えていく必要があります。

問われる「意思決定の美しさ」

──曽根さんはこれまでのキャリアで長く経営に携わってきましたが、ヘラルボニーで新たに生まれた気づきはありますか。

表現が難しいのですが、迷いの中にこそ倫理があるというか、意思決定の美しさが問われるなと強く感じています。

生成AIやテクノロジーの発展で、データがあればそれなりの精度で意思決定ができる時代になりました。

一方でヘラルボニーが立つ場所は前例がなく、データだけでは判断できないことばかりです。そこには常に迷いがあって、その都度、倫理や価値観が問われます。そうした迷いの中でどう決断するかが、ヘラルボニーの経営では大事な要素です。

テクノロジーがさらに前進して、働かなくてもいい未来が来たとき、人々は何をよりどころにして生きていくのか。合理性だけでは答えが出ない問いに日々向き合い続けるヘラルボニーは、ある意味その壮大な社会実験をしているのかもしれないと、最近ぼんやり思っています。

──社会実験とは、例えばどんなことですか。

例えば、ヘラルボニーでは社会へ問いかけるソーシャルアクションを行っています。少し前に出生前診断に関する研究が話題になったとき、私たちが新聞広告で発したのは、「『障害=かわいそう』というイメージがなくなっていけばいいよね。皆さんどう思いますか」という問いかけでした。肯定も否定もしていません。

多様性にあふれた世の中では絶対的な正解はなく、二項対立で割り切れるものでもない。だからこそ、答えではなく問いの立て方そのものに意味があると考えています。

こうした問いを重ねることが、ヘラルボニーらしい社会運動の原点になっているのだと思います。

ヘラルボニーのビジネスが成長する理由

──そうした難解な問いに向き合いながらも、ヘラルボニーのビジネスが成長してきた要因をどう分析していますか。

当社のビジネスモデルにはBtoBとBtoCの両輪があり、相乗効果を生む構造が特徴です。

例えば、まずBtoBでJALさんと協業することで、アメニティにアートが採用されます。次に、そこでヘラルボニーの思想に共感した人がブランドを認知し、今度はBtoCの店舗やポップアップで商品に触れてロイヤルなユーザーになっていきます。そして、そのファンの力がまた新たなBtoBパートナーを惹きつける。

その原点には、双子の創業者・松田兄弟の存在があります。2人には障害のある4歳上の兄がいて、その経験を通じて、障害のある人の特性から生まれる表現がアートとして成立するという可能性を見出しました。

そして、美しいものは美しいまま、かっこいいものはかっこいいまま、きちんと対価がつく形で世の中に届けようとした。アートをIPとしてライセンスするモデルは、その信念から生まれています。

2025年度
ステークホルダー
インパクトレポート

──今後の事業展開についてはどのように考えていますか。

戦略の軸としては、BtoBで安定的に利益を拡大しつつ、BtoCでは中長期的なブランド価値を高めるための投資を加速させていきます。

先ほどの繰り返しになりますが、BtoCで熱狂的なファンを育てることでブランドの純度を高め、BtoBにおける共創パワーへと変換していく。このグロースサイクルの質をいかに高めるかが、経営における重要なテーマです。

海外展開については、その核となるのがアートIPの調達プラットフォームである「HERALBONY Art Prize」です。現在計11か所の国・地域と契約していますが、2030年までに50か国・地域へと契約を広げ、多様な「異彩」を世界規模で循環させる体制を整えていきたいと考えています。

ただ、計画通りに進むことだけがヘラルボニーの面白さではありません。想像もしなかった出会いが突然舞い込み、良い意味での「交通渋滞」を引き起こすことが多々あります。

例えば、アンリアレイジの森永邦彦さんとパリファッションウィークに参加した事例もその一つです。境界を溶かしていくという彼のアプローチと私たちの思想が共鳴し、1年前には全く想定していなかった規模のプロジェクトへと一気に発展しました。

また、新規事業として期待しているのが、企業向けの「HERALBONY ACADEMY」です。これは企業から「DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)をどう運営し、文化として定着させるのか」という切実な問いが相次いだことで誕生しました。

私たちが日々「倫理の森」で悩み、試行錯誤しながら培ってきた組織運営の知見を体系化し、単なる研修ではなく、参加者が楽しみながら自らの価値観をアップデートできる体験型プログラムとして提供しています。多様性を可能性と捉え、違いを力に変えるための組織的なプラグインとして、非常に強い引き合いを感じています。

AIが最適解を出す時代に、倫理を問い続ける

──AIの進化がめざましいですが、この先、人間だからこそやるべきことは何だと思いますか。

以前は、責任を取る力や協調力、身体感覚や感情のやり取りといったものが、人間にしかできない領域として残るのではと考えていました。今は、それに加えて「倫理を問い続けること」が大切だと思っています。

AIエージェントにゴールを設定して最適解を求めさせることはできます。でも、そのゴール自体が美しいかどうかを問えるのは、人間だけではないでしょうか。

ナチスドイツの優生思想は合理性の塊ですよね。優れた遺伝子を残せばいいという、極めて合理的に見える発想です。でもそれはまったく美しくないと、少なくとも今を生きる私は感じます。合理的であっても美しくないことは起こりうる。だからこそ、倫理が問われます。

──テクノロジー業界もその問いに向き合ってきた歴史がありますね。

そうですね。OpenAIは安全なAGIの実現を使命に非営利で始まりましたが、巨額の開発資金を求めて組織形態の転換を迫られており、現在も使命とビジネス構造の間で揺れ動いているように思います。

また、GoogleがDeepMindを買収した際に独立した倫理委員会を設置した背景や、かつて社訓として掲げた「Don’t be evil(邪悪になるな)」という精神も同様です。

テック業界の先人たちも、テクノロジーの進化スピードと、人間としての倫理観をどう両立させるかという問いの間で、常に激しく揺れ動いてきました。彼らが向き合ってきた葛藤と、ヘラルボニーが日々向き合っている「福祉とビジネス」「精神性と市場」の相克は、実は根っこでつながっていると感じます。

ヘラルボニーも、いい意味で複雑骨折しそうな「倫理の迷いの森」を歩いています。でも、その迷いの中を、いかに知性を持って進んでいけるか。それが、これからの時代に大事になると感じています。

すべての人のために
平等な職場と世界を創る

私たちはすべての従業員が自分らしくあり、サポートされる、また成長を実感することで、キャリアの中で最高の仕事をする力を発揮できる職場づくりにコミットしています。

企画:池上雄太
執筆:野垣映二(Veryman)
撮影:遥南 碧
取材・編集:木村剛士

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