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【LINEヤフー】カスタマーサポートの舞台裏。問い合わせの80%をAIエージェントが対応する環境の礎は整った

LINEヤフーは、SalesforceのAIエージェント「Agentforce(エージェントフォース)」を活用し、顧客からの問い合わせ対応の80%を、最終的にAgentforceで自動処理することを目標に掲げ、カスタマーサポート業務の徹底した効率化に挑んでいます。同社の服部典弘・執行役員CIOに、Agentforce導入の経緯や成果を聞きました。

【5分で解説】Salesforceの自律型AIエージェント “Agentforce”とは?

本デモ動画では、AIエージェントによる顧客対応の様子をはじめ、Agentofrceがどのように業務を変革するのかを、5分間の動画でご紹介します。

「AIカンパニー構想」を掲げAI活用に拍車

 ──テクノロジー業界に長く従事する服部さんは、爆発的な生成AIの普及をどう捉えていますか。

服部:技術的な側面で話すと、ディープラーニングなど従来からのAI研究の延長線上にあるもので、それほどの驚きはありませんでした。ただ、その普及スピードは私も想像していた以上でした。

自然言語でAIを操れるようになって、活用ハードルが一気に下がり、ユーザー数が急増。AIとの親和性が低かった領域、AIの効果を出しにくかった業務、AIに慣れ親しんでいないユーザーも活用できるようになりました。「AIの民主化」という意味では、後世に残る出来事でしょう。

たとえば、10年ほど前は、プログラマーのような専門職はAIに仕事が奪われにくいと言われていましたが、生成AIの登場によって逆にAIによる効率化が最も進みやすい業務に変わりました。AI自体が大きく変わったというより、AIが効く業種や職種の範囲が劇的に広がったと言えますね。

 ──日本を代表するネットサービス企業のIT基盤整備を統括する立場上、DX戦略の中心にもAIを位置付けていると思います。

インターネットサービスを生業としている企業ですから、先進テクノロジーの調査・研究、そして活用には余念はなく、AIの活用も以前から積極的でした。

その流れに拍車をかけるべく、昨年度(2025年3月期)の決算説明会では「AIカンパニー構想」を打ち出し、PoC(概念実証)も含めて多くのプロジェクトを動かしています。

まずはすでに導入しているツールに搭載されているAIを試すことを中心に、多種多様な業務にAIを組み込んでいます。SalesforceのAIもその1つですね。

カスタマーサポート領域にAgentforce導入。チャットボットの課題を克服

──この度、カスタマーサポート業務で、SalesforceのAIエージェント「Agentforce(エージェントフォース)」を採用いただきました。選定いただいた理由を教えてください。

カスタマーサポートは、他社との差別化を図って優位性を得る競争領域というよりは、業務プロセスを標準化して可能な限り効率化していくべき領域だと捉えています。そのため、標準化と効率化を進めるために、カスタマーサポート分野における世界No.1のプロダクト、「Service Cloud」を以前から活用していました。

Agentforceは、Service Cloudと一体で提供されているAIですし、実はAgentforceの前身といえる「Einstein for Service」も以前から活用していました。すでに業務に馴染んでいたテクノロジーですし、SalesforceはAIの開発・実装が非常に早く、実際に使える先進的な機能をスピーディに提供してくれるので、活用しないという選択肢はありませんでした。

──具体的にどのように活用したのかをご教示ください。

その話をするには過去を遡る必要があるので、そこからお話しますね。

改めて、LINEヤフーは、デイリーのユニークブラウザー数が約1億1000万の「Yahoo! JAPAN」の多岐にわたるサービスにおいて、メールや電話、チャットボットなどの多様なチャンネルから寄せられるお客様からの問い合わせは、年間約330万件ほどにもおよびます。

テクノロジーを活用した顧客満足度と生産性の向上には当然ながら取り組んでいましたが、約3年前にAIを活用して、問い合わせ分類の自動化やオペレーターの適切な振り分け機能を実装。そして2024年12月にはメールの自動返信機能も追加。その結果、月間7500件ほどの問い合わせをAIが初回の回答時で的確に対応できる体制を、今年4月時点で構築しました。

とはいえ、進化のポイントはまだありました。「Yahoo! JAPAN」の一部で運用していたチャットボットは定型的な応答に限られていたため、初回解決率と顧客満足度、運用コストに課題が残っていたので、その解決の担い手をAIエージェント、Agentforceに託しました。

PoCを実施した結果、月間30万件超の問い合わせに対応が可能で、問題解決率の向上と運用効率化の効果を確認できました。そうした結果を踏まえて、本格導入したんです。

──本格導入した今、Agentforceの活用範囲の拡張をどのようにお考えですか。計画を教えてください。

「Yahoo! JAPAN」全体の問い合わせ件数は、メール、チャットボット、電話などすべて含めると年間約330万件あります。その8割にあたる260万件をAgentforceで対応し、人が対応する部分を可能な限り減らすとともに品質を向上していくことが大きな目標です。

AI導入前から、顧客データを見ずに回答できる問い合わせが全体の3〜4割あることはわかっていました。そこは確実にAIでカバーしたい。さらに、顧客データを参照する必要がある問い合わせの中でも、最終的に人でなければ解決できないものは、残り1割程度だと見込んでいます。したがって8割程度はAgentforceで解決できるはずなのです。

人とAIでは最適なナレッジは異なる。現場の愚直な改善で正答率80%以上

──かなり大規模なプロジェクトだったので、いくつかのハードルがあったと思います。

回答に活用するナレッジの整備は、やはりハードルはありましたね。これまで私たちが蓄積してきたナレッジは、「人が読む」ことを前提に、担当者にとって分かりやすい略称や表現が使われていました。

しかし、それをそのままAIエージェントに読み込ませても、うまく動かないことがあります。そのため、AIエージェントが正確に理解し、的確に回答できるようにナレッジを再整備する作業が必要でした。

また、ユーザーからの問い合わせの「意図(インテント)」をどう分類し、構造化するかも重要でした。これも、人が分析しやすい構造と、AIが処理しやすい構造は異なり、ナレッジの書き換えや再設計は、今も取り組んでいます。

こうした改善活動の結果、初期のプロトタイプと比べると、回答精度は格段に良くなりました。

当初のテストでは、なかなか正しい回答ができず、正直に言って焦る気持ちもありましたが、ナレッジの書き換えと、時にはSalesforceのエキスパートに力を貸してもらったおかげで、精度は大きく向上。当初6割程度だった回答正答率が、今では社内テストで8割を超えて、お客様にも提供できるレベルに至りました。

──AIが適正レベルの解答精度を出せないと、精度が向上する前に諦めてしまって、有人対応に切り替えてしまう企業もいらっしゃいます。

まさに、そこが私たちのチャレンジでした。これはお客様の体験向上だけでなく、特に最近課題となっているカスタマーハラスメント対策としても重要なことでした。

コミュニケーターが精神的に疲弊してしまうような問い合わせは、Agentforceに対応して整理してもらったうえで、本質的なご意見については、人が真摯に受け止めたいと考えました。

あと、もう1つのハードルは、 あまり言われたくないことかもしれませんが(笑)、ストレートにお伝えするとライセンス価格です。

当時は1会話あたりで課金される「会話型」しかメニューがなく、当社の場合、問い合わせ種別によっては人が対応するよりもコストが高くなってしまう可能性があったのです。

カスタマーサポートは、それ自体の業務が売上や利益に直接つながるわけではないので、どうしてもコストセンターとして見られがち。

そこでのコストはシビアに見なければなりませんから、悩みの種ではありましたが、AI構想を掲げた以上、また将来を見据えれば投資すべき対象であることは明らかなので、腹をくくって、プロジェクトメンバーには「投資額の判断は私の仕事だから心配するな」と言い続けて、突き進みました。

そんな中、光明が差したのは6月に発表された「Flex Credits(フレックス・クレジット)」という新しいライセンス価格体系。Agentforceが実行したアクションに対してのみ料金を支払うことができるようになり、コストを圧縮できる見込みが立ったのです。これが非常に大きなターニングポイントでした。

私たちとしては、問い合わせの入り口にAIエージェントを置きたかった。もしFlex Creditsがなければ、まずチャットボットがさばき、対応しきれないものをAIエージェントに任せるという仕組みにせざるを得ず、理想とするユーザー体験を目指せなかったと思います。

※Flex Credits:従来は会話単位で課金されていたのに対し、Flex CreditsAgentforceが顧客レコードの更新や複雑なワークフローの自動化、問い合わせ解決など、実際に実行したアクション単位で課金される従量制モデル。

トップダウンでは生まれない「ともに未来をつくろう」という空気

──地道な現場の試行錯誤も含め、プロジェクト全体を振り返ってどのような感想をお持ちですか。

やはり「データがすべて」と改めて感じました。これまでメール対応に最適化されたナレッジを蓄積してきたことは、AI活用の前提がない当時に最善を尽くした結果であり、決して悪いことではなかったと思います。

しかし、AI活用やオムニチャネル化といった変わりゆく環境に対応するためには、ギャップを埋め、データを未来に向けてアジャストしていく作業が非常に重要です。今回は、その地道な努力の積み重ねで精度を上げていったプロジェクトだったと思います。

──プロジェクトを進めるうえで、IT部門と現場のカスタマーサポート部門との連携が非常に重要だったと思いますが、工夫したことを教えてください。

現場のメンバーには、長期的なビジョンや理想とする姿を丁寧にかつ継続的に伝えることに苦心しました。これを怠ると、現場の方々はどうしても目の前の仕事の意味を忘れてしまい、「この作業に何の意味があるの?それより早くお客様にメールを早く返したい。仕事が増えているだけ」となってしまいますから。

また、AIの導入・活用には、「AIを導入することで私たちの仕事がなくなるの?」という不安を抱えるスタッフもいると思いましたから、「そうではない」と伝え続けました。「単純作業が減ることで、よりお客様に寄り添った丁寧なコミュニケーションができるようになります」と。

カスタマーサポート部門は、AIによって今の業務が半分になったからといって、人員が半分になるような状況ではありません。常に人手が足りず、猫の手も借りたい状態。

AI導入が人員削減に直結するというネガティブな受け止め方ではなく、お客様の満足度を上げるために、よりスピーディで、より濃密なコミュニケーションを取っていこうと、ポジティブにみんなが受け止めています。

そしてプロジェクトを推進するために重要だったのが、テクノロジー導入を推進する部門とカスタマーサポート部門の間をつなぐ「潤滑油」のような人材を配置した組織体制も奏功したと思います。

──トップダウンで指示するのではなく、目的や意図を丁寧に説明してポジティブに協力する風土を作る。だからこそ、現場の雰囲気も非常に良く、前のめりに「協力しよう」という空気感が生まれていたと聞いています。

ありがとうございます。ただ、ここには Salesforceの担当営業の方の力も大きかった。全国にあるCS業務を行っているいくつかのセンターに出向いていただき、現場のメンバーに直接、どんな未来があるのかを説明していただいたんです。

それこそ、先ほど申し上げたような潤滑油のような役割を果たしてくれて、スタッフに対して真摯に向き合っていただいたことも、プロジェクトの道程には欠かせない要素でした。

一貫した支援を提供するProfessional Serviceを活用

──今回、AI活用計画の策定からPoC、本番導入までの一貫した支援を提供する Salesforceの支援サービス「Professional Service」もご利用いただきました。その背景や感想をお聞かせください。

CRM領域でSalesforceはリーダーです。そのSalesforceがいち早く取り組んでいることが、2年後、3年後には業界のスタンダードになっていると私は考えています。

だから私たちは、Salesforceの最新機能を早く使いたい。そして日本企業として、Salesforce最大のグローバルイベント「Dreamforce」でセンターステージに立ちたいという目標も密かに持っています(笑)。

でも、現実には世界の先進企業に後れをとっているでしょう。Agentforceが出たばかりで参考にできる先行事例も日本にはほぼ皆無。そこでSalesforceのことを最もよく知っているプロフェッショナルと一緒にプロジェクトを進めるのが最善だと考えました。

実際に一緒にプロジェクトを進めてみると、Professional Serviceの方々の能力が非常に高かった。些細な質問にも丁寧に答えてくださいますし、私たち特有の事情を深く理解したうえで、最適な提案をしてくれる。両者の担当者が一体となってプロジェクトを進められていることは、成果を得られている大きな要因です。

Salesforce Professional Services

世界No.1のAI CRMプラットフォームで25年以上の経験を誇るSalesforce Professional Servicesのエキスパートは、製品と業種に関する専門知識をアドバイザリーおよび実践的な実装業務に投入し、Agentforce変革の実現を支援します。

──ありがとうございます。過分な評価をいただいていますが、服部さんの Salesforceに対する忌憚ない意見を最後にお聞かせください。

その都度発表する新たなビジョンや計画と、実際にプロダクトが出てくるまでの時間的な「距離感」がちょうど良いと思っています。

テックカンパニーによっては、大きなビジョンを語れても、3年経っても製品が出てこないこともあり、逆に、発表したその日にはもう動くものが出てきて、こちらが振り回されてしまうこともあります。

Salesforceは、ビジョンが示されてから私たちが準備を進めていると、ちょうど良いタイミングでプロダクトが提供される。そのスピード感が、私たちのペースに合っていると感じています。

また、Salesforceが掲げるバリューの1つ「信頼(Trust)」が、製品にしっかり組み込まれている点も評価しています。

顧客データのプライバシーとセキュリティを保護することは今の時代とても重要です。 Salesforceのセキュリティ技術「Einstein Trust Layer」で、それが担保されていることは大きな価値で、今回Agentforceの導入を即決できた理由の1つでもあります。

過去にも「個人情報保護法」への対応など、日本の事情を汲んで真摯に対応してくださる姿勢に、非常に安心感を持っています。これからもパートナーとしてともに進化することを期待しています。

ハイブリッドな職場環境の管理、最適化、拡張を実現

Agentforceは、すべての従業員、部門、ビジネスプロセスにデジタルレイバーを導入し、従業員を強化して、顧客体験を向上させます。

執筆:加藤学宏
撮影:北山宏一
取材・編集:木村剛士

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