Key Takeaways
人口減少は、地域の暮らしだけでなく、行政サービスや産業競争力の持続性を左右する行政経営の課題になっている。山口県でも、担い手不足や中山間地域の振興、企業の人手不足が同時に進む。そうした課題をどのように解決していくか──。
村岡嗣政知事が選んだ武器は、デジタルを単なる効率化ツールではなく、県政運営そのものを組み替える戦略基盤として位置付けることでした。
2021年4月、知事自らがCIOを兼務し、「やまぐちデジタル改革」を推進。東京大学経済学部から自治省(現・総務省)に進み、広島・高知の財政や市町村行政の現場を歩き、2014年の山口県知事選挙に初当選以来、4期目を担っています。
県庁の内側だけでなく、市町、企業、市民エンジニアまでを次々と巻き込んできたその改革を、ひとことで言い表す言葉は「オープン」。行政が外部の知恵と技術をどう取り込み、成果へつなげているのか。なぜ村岡知事のデジタル戦略は、これほどまでに外へ開かれているのか。知事に直接聞きました。
「オープン」な自治体DX、次に必要な基盤とは
山口県の村岡知事が示すように、市町・企業・市民をつなぐ「オープン」な自治体DXにはデータ・AI・CRMを一体活用する基盤が欠かせません。官民共創を支えるSalesforceの公共機関向けソリューションをご紹介します。
目次
なぜ、知事自らがCIOになったのか。DXを「県政の経営課題」にする
──CIOやデジタル戦略担当は、副知事が兼ねる自治体も少なくありません。村岡知事は2021年、ご自身でCIOを兼務されました。まず、その背景にある課題意識から伺えますか。
村岡:私は地方自治に長く関わってきました。地方の人口がどんどん減っていく中で、自分が生まれ育った地方を元気にしたい。どのようにして地方を守っていけるのか、そう思っていました。
そうした中、知事になってから、山口県の産業振興や、暮らしの安心を確保するためにいろいろなことをやってきました。けれど、日本全体で人口が減り、担い手が減っていく中で、どうやってこの地域を維持していくのか。人口減少が非常に大きな制約になっているのです。
その制約を打ち破る手段として、大きく進んできたデジタル化やDXをいち早くやっていく。むしろ、地方のような人口減少が進む地域、課題の多い地域こそ、率先して取り組まなければいけない。そう感じていました。

山口県知事
1972年、山口県宇部市生まれ。東京大学経済学部を卒業後、1996年に自治省(現・総務省)へ入省。広島市財政局財政課長、高知県総務部財政課長、総務省自治財政局財政企画官などを歴任し、地方財政と市町村行政の現場を歩む。2014年2月、41歳で山口県知事に初当選。以来4期目を務める(2026年2月~)。2021年4月には知事自らがCIO(最高情報責任者)を兼務し、「やまぐちデジタル改革」を主導。県と市町、企業、市民が垣根を越えて課題解決に挑む“オープンな共創”を県政の柱に据える。好きな言葉は「志を立てて、以って万事の源と為す(吉田松陰)」。趣味は読書とランニング。
──デジタルを、地域が生き延びるための生命線として捉えていらっしゃるように聞こえます。なぜ自らCIOに就く必要があったのでしょうか。
デジタルは、新しい施策のひとつではないからです。組織を横断して、考え方を変え、仕組みを変えることが必要。そういう時は、知事の私が先頭に立って「県全体を大きく変えるんだ」という姿勢を示すこと自体にも意味があると考えました。
──2021年3月に「やまぐちデジタル改革基本方針」を策定、4月にはCIOに就任し、デジタル推進局を新設。さらに民間人材が県庁に入る新職種まで設けています。県庁をまず内側から開けにいったように見えます。
そうですね。「情報職」という新たな職種を組織として設け、民間で活躍された人に県庁に入ってもらったり、デジタル推進局という体制も作ったりしました。
県の政策をデジタルで変えていくと同時に、業務も効率化し、県庁という組織そのものも変えていく。その両方を進める必要があったので、立て続けに手を打っていったのです。

県と市町がしっかりと連携する土壌
──山口県のDXで欠かせないのが、市町との連携です。ただ、県と市町の関係は全国どこでも円満とは限りません。行政サービスを一体で最適化していくうえで、山口県にはどのような強みがあるのでしょうか。
山口県は幸いなことに、県と市町の密な連携が以前から取れています。これは本当にありがたい。県が何かをやるとき、一緒にやろうと市町が乗ってきてくれます。全国的にみても、同じ方向を向いて物事を進めやすい地域だと感じています。
──その連携の土壌は、やまぐちデジタル改革以外でも発揮されてきたのでしょうか。
コロナのワクチン接種の時、市町の間でワクチンを融通し合ったり、接種体制を連携させたりして、全国の中でも山口県は早く接種が進みました。
当時の河野(太郎)担当大臣の「早く打てるところほど早く配る」という方針のもと、山口県はものすごいスピードで進みました。これは県と市町の連携が取れていたからこそ。だから私は、その土壌をデジタルにも使えると考えたのです。
自治体DXを次の一歩へ。Salesforceの公共機関向けソリューション
山口県のように「オープン」な自治体DXを進めるには、データ・AI・CRMを一体で活用する基盤が欠かせません。市町・企業・市民をつなぐ官民共創を支えるSalesforceの公共機関向けソリューションを紹介します。
──その土壌に築かれたのが「山口県デジタル・ガバメント構築連携会議」ですね。仕組みとしては、どう機能させているのでしょう。
市町は、規模が小さいほど人が足りません。職員1人でDXを担う「一人情シス」のような自治体もあります。そのような市町では、専門的なサポートが決定的に足りないのです。
ただ、業務の中身は市町ごとに少しずつ違っても、大筋は似ている。同じような課題に直面しており、住民のニーズに応え続けなければいけないという課題も共通しています。
だったら、1つのモデルを作れば他にも展開できる。県がリードして、市町の施策を支える。住民サービスの最前線にいるのは市町ですから、県はそこから一歩下がって、支えたりする役回りに徹する。
標準化やオンライン化、RPAやAI-OCRの共同調達・共同利用を進めるワーキンググループや、デジタルデバイドの専門部会の設置など、テーマごとに取り組みを進めています。
──今年度からは、市町の生成AIの活用を高めるためのデータ基盤づくりにも着手されたそうですが、それもその一環ですか。
県と市町が条例などの行政文書をRAG(検索拡張生成)として共同で使用できるデータ基盤の整備を進めています。各市町が生成AIを導入しても、デジタル人材は不足している。だったら、より精度の高い回答を出せる仕組みを、県が共通の土台として用意する。いま、その段階に入っています。

1500人の仲間がいる。「デジテック for YAMAGUCHI」という開かれた場
──連携の輪は、行政の内側にとどまりません。企業もNPOも市民エンジニアも巻き込む「デジテック for YAMAGUCHI」は、いまや会員数は1500人超。全国でも珍しい、行政主導のシビックテックコミュニティです。
行政が課題を抱え込まず、外部人材と共に解く仕組みをつくった狙いはどこにあったのでしょうか。
デジタルによる課題解決の方法は、最初から答えがあるわけじゃない。みんなが考え、作り合い、進めていく中で、少しずつ形になっていくものです。
だから、県が『進めるからついてきてください』と引っ張るだけではダメで、いろんな主体が『こんなことをやろう』と自分から手を挙げてくれることが大事。そのコミュニケーションの中から、新しい解決策が生まれます。その形ができると、とても大きな力になります。
デジタルに長けた人は、企業や団体、市民の中に多くいます。そういった人たちの力も借りながら、行政の中だけで完結させるのではなく、社会全体で自発的に課題を解決していきたい。誰もが、自分の持っている力を社会に役立てられたと感じられる。そういう場をつくりたかったのです。
──着想の源には、台湾の初代デジタル大臣オードリー・タン氏との対話があったと伺いました。
コロナ禍の時、台湾でお会いする機会がありまして、どのようにシビックテックをやっているかということで、市民から出てきた意見が画面の上で全体像として次々に動いていく様子を見せてもらったことがありました。
みんなが意見を出し合うとこんなに解決ができるのか、すごいなと。マスクマップ(*)も、いろんな人の情報がスムーズに集まって出来たものでしたよね。自由に開かれた場で、共に汗をかく仲間をつくる。オードリー・タン氏やCIO補佐官などの専門家との意見交換でもそれを感じ、それで官民共創のコミュニティとして立ち上げたんです。
*マスクマップ:新型コロナウイルス感染症の流行初期に、台湾政府や民間エンジニアが協力して開発した、薬局などのマスク在庫状況をリアルタイムで確認できるWebマップ・アプリの仕組み

利用者1万人、満足度95%。Y-BASEは「最初の一歩」の相談先
──実務で企業・団体・個人のデジタル化を支える窓口が、2021年開設のやまぐちDX推進拠点「Y-BASE」です。利用者は1万人を超え、満足度95%超、課題解決件数は500件超。中小企業等へのDX支援で、成果に結び付くポイントはどこにあるのでしょうか。
多くは、デジタルで何ができるんだろうとは考えても、そこで止まってしまう。だから私たちは、「まず何から始めればいいのか」という初歩の相談から受けるんです。
話を聞いて、提案して、一緒に理解していく。施策を打って終わりではなく、継続的に伴走できる体制をつくる。中小企業こそ、ぜひ使ってほしい仕組みです。
自動車の修理工場で社内に情報が共有されていない、新卒採用のスカウトメールや会社案内をどう作るか。そんな現場の悩みに、最近はAIを使って応えられることがどんどん増えています。
他の自治体はどう変革した?公共機関の実践事例集
山口県が1500人のシビックテックコミュニティやY-BASEで示した自治体DXの実像。他の公共機関がSalesforceでどのように利用者中心の行政サービスを実現しているか、実践事例集で確認ください。
──いま最も力を込めているのがAIだと伺いました。
これまで進めてきたDXを土台に、生成AIやAIエージェント、さらには現場の機械やロボットとAIが結びつくフィジカルAIまでを視野に入れて、企業の変革を後押しするAXをもう一段進めていきたいと考えています。
たとえば、ある県内企業の研究開発部門では、長年蓄積してきた研究技術情報を電子化し、生成AIを活用して、検索・活用できる仕組みづくりを、県のDX推進拠点「Y-BASE」を中心に支援しました。
研究開発部門の調査や資料作成が効率化されるだけでなく、研究知見の継承にもつながる。いまでは、全社的な生成AI活用の研修や体制づくりへと発展しています。
また、少量多品種生産のため、作業標準化が課題となっている別の企業では、熟練者の作業動画をもとに、生成AIが手順書の案を作っています。
熟練者にとっても、自身が永年の経験の中で掴んできた「勘どころ」を、分かりやすく説明・共有するのは非常に難しい。そこで、AIエージェントが熟練者に“逆質問”。動画だけでは捉えきれない注意点を引き出していく。
これは、熟練者の頭の中にある暗黙知を、形にして可視化する取り組みです。人がいなくなっても、技術を次に引き継げる。人材育成にも、業務の標準化にもつながる。同じ悩みを抱える県内企業の、解決モデルになり得ると考えています。
──Y-BASEの支援はツールを提案して終わりではないのですね。
単なるツール導入支援ではありません。企業の業務課題を丁寧に整理して、必要な技術や外部人材、ソリューションと結びつけながら、実際の業務改善や新たな価値創出につなげる伴走支援を行っています。
そして、ここで蓄積した知見やノウハウは、業界団体や支援機関とも共有して、個々の企業の支援にとどめず、地域全体へ横展開していきたい。
生成AIのように日々進化する技術をどんどん取り込みながら、県内企業のデジタル実装やAX/DXの加速・拡大を支援し、山口県全体の産業力をしっかりと強くしていくことにつなげていく。それが狙いです。

生成AIは現場の競争力をどう変えるか。暗黙知継承への挑戦
──どれほど技術が進んでも、使いこなす人がいなければ動きません。山口県は、デジタル人材をどう定義し、どう育てていますか。
デジタル改革を進めるうえで、デジタル人材は非常に大事だと思っており、デジタル人材を「さまざまな情報を集める探究心を持ち、現状の課題を分析・発見し、デジタル技術の活用でサービスや業務の変革に挑戦する者」と位置付けています。そうした観点で計画的な人材育成に取り組んでいるところです。
まず、県庁内では、デジタル技術の底上げや職位に応じたデジタル技術の習得が図られるよう、スキル向上からマネジメントまで、多様な研修を実施しています。専門人材の養成に向け、デジタル庁など省庁への派遣もしている。さらに、外部の高度専門人材の活用などにより、組織全体のデジタル活用力を高めています。
また、民間に対しては、DX推進の鍵となるデザイン思考やAI・データ利活用など、現場で実践できる力を養って、企業の中でDXを進められるリーダー人材を育てています。2025年度には、AIを使ったロールプレイングで企画を通す説明力を鍛えたり、生成AIでプロモーション動画を制作する実践型ワークを実施したりしました。
参加者からは、楽しみながら学べた、プロンプトの作り方をすぐ業務に生かしたい、という声が多かった。こうした取り組みで、2022年度からの4年間に、行政・民間あわせて500人を超えるDX推進リーダーを育てています。
──立ち入った質問ですが、知事ご自身は、AIを使われますか。
使っていますよ。最近よく使うのは、話を分かりやすく伝える方法ですね。たとえば、高齢者の方に話すとき、どう伝えたらいいか。県の施策というのは、私たち県庁の中にいる人間には当たり前でも、なぜこうしているのか、外から見ると分かりにくいことがある。
伝わる人には伝わるけれど、そうでない人には届かない。皆さんにわかりやすく伝えるにはどうしたら良いか? そういった「試行錯誤」をAIに相談、「壁打ち」する時がありますよ。

責任は行政が持ち、実装は開く。官民共創を成果に変える
──お話を伺っていて、知事はとても「オープン」だと感じました。市町とも民間とも、いろんな人と組んで底上げしていこうという姿勢が一貫しています。共に成果を出すパートナーを、どのような視点で見ているのでしょうか。
私たちが通常の仕事をするうえでは、市町をはじめ、一緒にやる相手がもともといます。けれど、デジタルなど新しい分野は、私たちだけで十分な知見を持っているわけではありません。
そこは、アンテナを張り、新しい技術やサービスができている中で、デジタルをどう使えば効果を上げられるか、どこと組んでいくかを常に意識している必要がある。従来の枠の外にも、もっと目を向けていきたいと思っています。
行政には、それぞれ役割があります。市のことなら市、県のことなら県が、しっかり責任を持つ。それは変わらない。でも、その手法やどうやれば効果的かは、外の知恵を取り入れたほうが良い場面もあります。
新しい技術はどんどん出てきますから柔軟な考えを持つことを意識し、固定観念にとらわれたり、過去の仕組みにとらわれないようにしています。良いパートナーとは、そうやって出会っていくものだと思います。
──責任は引き受け、手法は開く。守るべきものは内に抱え、新しい力は外に求める。
そうですね。県が責任を負うからこそ、安心して外の力を呼び込める。連携の土壌があるからこそ、市町も民間も乗ってくる。
たとえば、シビックテックチャレンジYAMAGUCHIでは、行政が課題やデータを積極的に開示して、スタートアップ企業をはじめとした民間企業と発注・受託の関係ではなく、対等な立場で仮説と検証を繰り返すアジャイル手法をとっています。
この5年間で39の課題に取り組み、25件が実装に至りました。受付窓口で会話をリアルタイムに表示する音声認識アプリのような取り組みを通じて、デジタル技術を活用した新たな行政サービスも生まれています。
──最後に。人口減少という避けようのない制約の中で、知事は壁を高くするのではなく、扉を開ける道を選んでこられました。
自前主義だけでは成長も維持も難しくなったいま、「外へ開く力」は、自治体にも企業にも問われる経営テーマです。その原動力は、どこにあるのでしょうか。
機会が来るのを待つのではなく、自分たちで機会をつくっていく。県庁の壁も、市町との間も、官と民の境も、そして自分の苦手なところも、開いていく。そうやって、1500人のコミュニティも、500件の課題解決も生まれてきました。みんな、それぞれ自分の持っている力を社会に役立てられたと感じられる。私は、常にそう思っているんです。
人口減少の局面では、限られた人材や技術を囲い込むより、どう接続し、どう活用するかが問われる。開かれた場には、力が集まる。山口県が示したいのは、そういう地方のひとつの希望のかたちなのです。
山口県には、社会環境や技術革新のスピードを踏まえながら、社会実装に向けた挑戦を続けていく土壌があります。シビックテックをはじめとする取り組みに、県内外を問わず、志を同じくする多くの皆さんに加わっていただきたいと思っています。

暗黙知継承の次は?公共機関のAIエージェント活用ガイド
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