Key Takeaways
営業生産性の低下、ソリューションギャップ、規制・品質コストの増大という3つの課題を克服し、「次世代バリューチェーンモデル」で競争力を高める最新アプローチを李 眞雨(イ・ジヌ) が解説します。
目次
製造業が直面する3つの課題と、「抜本的なビジョン転換」が必要な理由
「現場は限界まで頑張っている。それにもかかわらず、顧客からの不満は減らず、利益率も改善しない」。私が数多くの製造企業の現場や経営層と対話を重ねる中で、頻繁に耳にする切実な声です。
現在、製造業を苦しめている主な課題は以下の3つが考えられます。
- 営業・サービスの生産性低下
- ソリューションギャップ
- グローバル規制・品質トレーサビリティコストの増大
それぞれ独立した課題に見えますが、そうではありません。これらはすべて、引き合いからアフターサービスに至るバリューチェーンにおいて、顧客・製品・製造・保守の「データがつながっていない」という根本的な問題に起因しています。
「もっと現場が努力すれば」「このツールを入れれば」といった対症療法では太刀打ちできません。今、経営層に求められているのは、「なぜうまくいかないのか」という真因と向き合い、業界構造の変化を見据えた包括的な次世代バリューチェーン構想をもとに、業務設計を見直すことです。
ここからは3つの課題を深掘りしていきます。
その生産性低下、「情報の遅延」が原因かも
製造業の生産性低下は現場の頑張り不足ではありません。異常検知から対応までの情報の遅延という“見えない停止ロス”の正体を解説します。
1. 営業・サービスプロセスの生産性低下
製造業の営業やフィールドサービス担当者が、1日のうち「顧客との直接対話」に割けている時間は、全体のわずか3割程度です。これは個人のタイムマネジメントの問題ではなく、プロセス全体が分断されている「業務設計の問題」に起因しています。
製造業のプロセスは、「引き合い前(ターゲット選定)」「引き合い中(仕様検討・見積作成)」「引き合い後(設計連携・保守)」の3フェーズに分断されています。
引き合い前には顧客の稼働環境が見えないままアプローチし、引き合い中には複雑な仕様確認や工場との納期調整で何日も停滞し、受注後には手動でのデータ転記に追われます。
この「三重の非効率」が残りの7割の時間を侵食しており、「担当者が顧客の課題に集中できない」という構造を作り出しているのです。
2. 顧客のニーズに刺さらないソリューション
「自社の現場課題や経営課題を解決するソリューションが欲しい」という顧客の切実な声に対し、多くの製造企業が「製品のスペックや価格」での提案にとどまっています。
この顧客の期待と実際の提案との間に生じる「顧客のニーズに刺さらないソリューション」の本質的な原因は、提案側のスキル不足ではありません。提案側が「顧客の全体像」を把握できていない点にあります。
顧客の納入製品の稼働データ(IoTデータ)や過去の保守履歴、他拠点でのトラブル事例といった重要な情報は、社内のCRMやPLM、ERP間で分断されています。データが存在しているのに現場がアクセスできないため、顧客の真の課題に刺さる提案ができません。
デジタル体験に慣れた顧客は、自社の文脈を理解していない提案に対して急速に信頼を失っており、これがエンゲージメント低下の根本原因となっています。
3. グローバル規制・品質トレーサビリティコストの増大
欧州を中心とする環境規制(Scope 3やカーボンフットプリント対応など)の厳格化や、高度な品質トレーサビリティの義務化は、製造業にとって避けて通れない経営課題です。
しかし、これらに対応するためのコストや時間が膨張し、本来行うべき顧客対応の時間を奪っているのが実態です。
この問題の本質は、規制・品質対応そのものではなく、環境や品質に関するデータを人手で抽出・集計し、書類を手作業で作成しているという属人プロセスにあります。
規制・品質対応の強化と、迅速な顧客提供(スピード)が「ゼロサム関係」に陥っている現在の構造を放置すれば、企業の成長機会はコンプライアンス対応の波に飲み込まれてしまうでしょう。
製造業DX、どこから手をつければいい?
3つの課題の根はデータの分断にあります。この実践ガイドでは、製造業DXを成功に導く進め方を、7ステップでお伝えします。ぜひお役立てください。
製造業の変革が進まない3つの構造的理由
現場の懸命な努力にもかかわらず、なぜこれらの課題は解決に向かわないのでしょうか。
経営陣が直面しているのは、単なる組織の意識の問題ではなく、歴史的に積み重ねられてきたシステムと運用の構造的な壁。ここからは解決を阻む3つの理由について言及します。
1. IT・データのサイロ化(ERP・PLM・CRMの断片化)
製造業の社内ITシステムは、部門ごとの最適化を優先して構築されてきました。
その結果、顧客情報や商談履歴はCRM(顧客管理ツール)に、製品仕様や図面はPLMに、受注情報・在庫・原価データはERPやMES(製造実行システム)にと、データが完全に分散・格納されています。
営業やサービス担当者が提案や仕様検討を行う際、これらの複数システムを個別に行き来し、手作業でデータを突き合わせなければなりません。データの量が不足しているのではなく、基幹システム(レガシーERPなど)のサイロ化と部門間連携の欠如によって、データが「つながっていない」設計そのものが、変革を阻む障壁となっています。
2. 熟練者のノウハウ・仕様検討の属人化
製造業の営業・技術提案は、ベテラン技術営業や熟練エンジニアの「顧客の意図を汲み取る能力」「実現可能な最適仕様を見抜く勘」といった属人的なスキルに大きく依存しています。
しかし、これらの貴重なノウハウは個人の暗黙知としてとどまり、組織のデジタル資産として構造化・継承されていません。そのため、熟練者の退職や担当変更が発生するたびに、顧客との関係性や技術的知見がリセットされてしまいます。
引き合いから見積作成までの検討プロセスがブラックボックス化しているため、若手の育成コストが増大し、組織全体の提案力を底上げすることが構造的に難しくなっています。
3. 厳格な品質・規制対応と提供スピードのトレードオフ
品質チェックや環境規制対応を厳しく行おうとすれば、見積提出や納期のスピード(顧客体験)が犠牲になります。
一方で、スピードを優先すれば、不適合品や規制違反のリスクが高まります。現場は常に、この「どちらかを犠牲にしなければならない」という二項対立に苦しんでいます。
このトレードオフの正体は、過去の品質トラブル情報や規制集計の仕組みが、見積や仕様検討の段階で自動参照されない業務設計にあります。
「厳格な品質・規制対応」と「迅速な顧客提供」の二者択一は、現在の手作業を前提とした業務設計が生み出している限界であり、設計思想そのものを変革しなければ突破できません。
見積スピードが、製造業の競争力を決める
複雑な見積作成を自動化し、営業を煩雑な作業から解放する方法を、本記事の著者・李が解説します。
データとAIが拓く「次世代バリューチェーンモデル」の全貌
これらの構造的課題を打破するために、まず「自社が目指すべきバリューチェーンの姿」を再定義する必要があります。
Salesforceが提唱する「次世代バリューチェーンモデル」とは、製品・顧客データとAIエージェントが高度に融合し、バリューチェーン全体が有機的かつ「自律的」に連動するモデルです。
「引き合い前・仕様調整中・受注納品後」という3つのジャーニーにおいて、担当者、顧客、そして組織全体の「体験」がどのように変化するのか、そのビジョンを提示します。
【引き合い前】製品・顧客データを集約し「予兆と文脈」を持って臨む
次世代モデルでは、CRM、PLM、ERPに散在していたデータが統合データ基盤「Data 360」によってひとつのストーリーとして集約されます。これにより、営業やサービス担当者は「顧客から連絡を受けてから動く受動的な存在」から「顧客の課題を予兆と文脈をもって先回りして解決するパートナー」へと変貌します。

顧客を訪問する前に、納入設備のリアルタイム稼働状況、パーツの摩耗度、過去の個別カスタマイズ履歴、潜在的なリプレイス時期をひとつの画面(コンテキスト)で把握できます。
情報収集や社内調整に費やしていた膨大な時間が削減され、顧客との対話設計や本質的な課題解決の検討に集中できるようになります。
【仕様調整中】リアルタイムな技術・見積シミュレーションで「顧客課題の解決」に集中
商談や仕様打ち合わせの場では、「確認して持ち帰ります」という停滞がなくなります。担当者はAIエージェントの支援を受けながら、過去の類似適用事例や技術的な実現可否、最新の価格ロジックに基づく概算見積もりをその場でリアルタイムにシミュレーションし、提示できます。さらに、構成変更による納期・価格もその場で可視化し、検証可能になります。
これにより、従来はトレードオフだった「顧客が求めるスピード」と「厳格な品質・環境規制遵守」が同時に達成され、顧客からの強固な信頼を獲得できます。
【受注・納品後】設計製造連携とデータ自動生成による「高付加価値業務」への回帰
確定した仕様や見積情報は、受注と同時にPLM・ERPおよび製造現場へとシームレスに連携されます。納品時に必要な品質証明書やScope 3/トレーサビリティ関連データも、設計・製造データから全自動で生成されます。
手動でのデータ転記や書類作成といった「後処理作業」から解放された担当者は、その余力を次なる顧客へのアプローチや予防保全、新たなソリューションの企画といった高付加価値業務に振り向けることができます。受注後の自動化が次の引き合い前の質を高めるという「バリューチェーンの好循環」が確立されます。
【無料トライアル】製造業のAIエージェントを今すぐ体験
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先進製造企業の「次世代バリューチェーン」変革事例
前述した次世代製造業モデルは、決して概念上の理想論ではありません。分散したデータを解き放ち、AIエージェントを自律的に動かすことで、すでに先行企業で具体的な成果として現れています。3つの先行事例から、その変化の大きさを紐解きます。
【FUJI】Agentforceの内製化による2000時間の工数削減
電子部品実装分野のグローバル企業であるFUJIでは、売上目標3000億円を掲げる「FUJI2035」の実現に向け、労働力不足を見越した生産性向上が急務でした。営業現場では海外代理店との膨大なメール対応やシステム入力などの事務作業に時間を奪われ、本来注力すべき提案業務に専念できない課題がありました。
そこで「Agentforce」を採用し、わずか9か月で「商談更新Agent」や「FAQ Agent」など8体のAIエージェントを内製で構築・展開。年間2000時間の業務工数削減を見込み、創出した時間を顧客対応へ充当しました。
社内に眠る構造化・非構造化データを活用して属人化を防ぎ、ターゲットアカウント管理やVOC(顧客の声)分析といったデータ活用モデルを確立しています。
(事例詳細:FUJIが挑む“内製化によるAgentforce活用”の最前線)
【Siemens】自律的ソリューション提案の加速
グローバルに展開する広大な製品群と複雑な組織構造において、顧客データや案件履歴、製品仕様が各国・各部門でサイロ化。多様な顧客ニーズに対して迅速なレスポンスと一貫したソリューション提案を行うことが難しくなっていました。
そこで、Salesforceをグローバル共通の統合プラットフォームとして位置づけ、営業・サービス・製品データを一元化。AIを活用した意思決定支援とプロセス自動化を組み込むことで、複雑な引き合いに対する回答スピードを大幅に向上させ、世界規模でのソリューション提案力を強固にしました。
(事例詳細:Siemens、データとAIと信頼できるパートナーシップで営業を変革 ※英語)
【Wärtsilä】ライフサイクル全体をつなぐデータ統合とサービス・エンゲージメントの高度化
船舶やエネルギー市場向けの大規模インフラ・高度機材を提供するWärtsilä(ヴァルチラ)では、長年にわたる営業・保守サイクルの中で顧客データや運用データが分散し、ライフサイクル全体での最適なエンゲージメントと高付加価値なサービス提供が課題となっていました。
Salesforceの統合プラットフォームを活用し、営業・サービスからマーケティングに至るデータを一元管理。AI対応のインサイトやデータ連携を導入することで、何年にも及ぶ複雑な商談サイクルの可視化とアフターサービスの最適化を達成し、長期的パートナーシップに基づくライフサイクルソリューションモデルを確立しました。
(事例詳細:Wärtsilä、Salesforceでデジタル成長機会を推進 ※英語)
次世代構想を支えるAgentic Enterpriseのアーキテクチャ
先行企業が挙げているこれらの成果は、単一のツール導入ではなく「データとAIが現場の意思決定を支援するアーキテクチャ」によって支えられています。
既存の基幹システム(ERP/PLM等)を刷新することなく、散在するデータをリアルタイムに統合してAIが理解できる『生きた文脈(System of Context: Data 360)』へと変換。
そのうえで、業務実行アプリケーション(System of Work: Customer 360)と自律型AIエージェント(Agentforce)、さらに高度なガバナンス(AI Trust Layer)がシームレスに融合することで、組織全体の判断力と対応スピードを劇的に引き上げる技術的基盤が成立しています。

「よくある質問」でおさらい
A. 製品単体のスペックや価格だけでは差別化が難しい「コモディティ化」が加速しているからです。
顧客が「この会社と長期的なパートナーシップを組みたい」と感じる根拠は、こちらの提案の質と、顧客のビジネスを深く理解したソリューション力にあります。その信頼を、属人化させずに組織として再現可能な形で作り出す思想と仕組みを持てるかどうかが、今後の競争力を左右します。
A. 個人の努力には構造的な限界があります。
担当者がどれだけ優秀でも、製品データや顧客の稼働履歴がシステムごとに分断され、社内調整や事務作業に追われる環境では、本質的な課題解決を届け続けることは困難です。ソリューションギャップは「担当者の提案力の問題」ではなく「バリューチェーン全体の業務設計の問題」として捉え直すことが、組織全体の底上げへの第一歩になります。
A. 現状の「手作業によるデータ抽出・書類作成」を前提にする限り、この二項対立は解消されません。しかし、規制対応やトレーサビリティが「設計・製造データから自動的に紐づいて生成される仕組み」に変革できれば、両立は可能になります。
この問いに「どちらかを諦める(=納期を遅らせるかリスクに目を瞑るか)」という答えを出し続ける限り、顧客体験の向上もリスク低減も望めません。
A. 製造業における仕様変更や個別対応は、原価・納期・工場の生産ラインにまで直結するため、一人の判断ミスによるリセットコストや機会損失が他業界より格段に大きいからです。
加えて、製品知識、設計の思想、過去のトラブル事例という、複数の深い専門性が求められるため、ノウハウが個人の頭の中にブラックボックス化しやすい。この構造が、技術継承の遅れと慢性的なリードタイムの長期化を生んでいます。
A. 「自社の営業やサービス担当者は今、本当に顧客の課題解決のために時間を使えているか」という問いです。
顧客と向き合う時間と、社内の仕様確認やデータ集計、見積もり作成に費やす時間の比率を正確に把握している経営者は多くありません。その現場の実態を直視することが、業務設計の何を変えるべきかを考える起点になります。変革は技術の導入より先に、この問いへの答えから始まります。
次世代バリューチェーン構想の実践に向けた次のステップ
この記事で示してきたように、製造業が直面する3つの難題は、個別のツール導入ではなく「バリューチェーン全体の業務設計とデータ連携のあり方」を刷新することで初めて根本解決に向かいます。
「自社の現場を変革しなければならない」と確信された意思決定者が次に考えるべきは、自社のどのプロセスから着手し、具体的にAIエージェントをどう業務に組み込むかです。
その具体的なステップや、営業・開発・調達・サービスといった各領域での「AIエージェントの活用ストーリー」については、以下の記事で詳細に解説しています。構想を現実のプロセスに落とし込むためのガイドとして、ぜひご覧ください。
▶︎【AIエージェント×製造業】Agentforceが切り開く製造業の「5つの変革ストーリー」を読む
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