営業はセンスや経験がものを言う属人的な世界。多くのビジネスパーソンが、そう考えているのではないでしょうか。しかし、キーエンス出身で株式会社カクシンの代表取締役CEOを務める田尻望氏は、「成果を出す営業には、再現可能な『型』が存在する」と語ります。
では、どうやって自社のトップセールスが持つ暗黙知を言語化し、組織の誰もが実践できるように「型化」するのか。AI時代における営業組織のあり方と、そこで活躍する個人が自身の成功パターンを構築するための方法を田尻氏に詳しく伺いました。
💡この記事で得られるインサイト
- 成果を出すトップセールスの背後にある思考と行動原則
- AI時代に営業が発揮すべき本質的な価値
- 営業力を再現・共有可能にする「型化」の意義
- 組織全体の底上げを可能にする戦略的アプローチ
- SFAを入力ツール”から“勝利の方程式”に変える方法
目次

株式会社カクシン 代表取締役CEO
京都市出身。大阪大学基礎工学部卒業後、株式会社キーエンスにてコンサルティングエンジニア、国内外の販売促進技術として従事。2017年の創業以来、企業の高収益・高賃金を同時に実現する独自メソッドを開発し、マーケットイン型経営実現のための付加価値戦略コンサルティングおよび人財育成事業を展開。またエンジニアとコンサルタントの両面から付加価値に繋がる生成AI活用の仕組みを伝えている。
価値訴求によるシェアアップ施策で売上30億円、利益ベース10億円のプロジェクトを3か月で推進。GMOブランドセキュリティ社などプライム上場企業8社以上とともに価値を生み出す構造化に徹底的に取り組み、資本主義と人主義を掛け合わせた価値主義の浸透を目指している。
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BtoB営業の7割が生成AIに代替される
──生成AIの普及によって、営業を取り巻く環境はどのように変化しているのでしょうか。
田尻:かつてないほどに変革の時代が来ていると感じます。これまで小手先のテクニックや、とにかくたくさん電話をかけるといった「量」で売ろうとしてきた営業は、まもなく淘汰されるでしょう。なぜなら、そうした業務は生成AIが代替できるようになってきているからです。
これからの時代は、「なぜ、あなたから買う必要があるのか?」が今まで以上に問われるようになります。重要なのは、お客様との深い信頼関係を構築し、お客様自身も気づいていない潜在的なニーズや成功のイメージを一緒に見つけ出せるパートナーシップを持てるかどうかです。
──営業にはさまざまな種類がありますが、特に生き残りが厳しくなるのはどの領域でしょうか。
営業には大きく分けて3つの階層があります。まず、モノやコトそのものを売る「セールス」。次に、お客様の課題に対する解決策を売る「ソリューションセールス」。3つ目がお客様自身も欲しいと気づいていない、より高い理想を一緒に見つけ出して提案する「コンサルティングセールス」です。

たとえば、「このセンサーを買ってください」と製品を売るのはセールスです。「御社のこの生産ラインにセンサーを付ければ、コストがこれだけ下がり、安全性も高まります」と解決策を先に提示するのがソリューションセールス。
そして、市場にまだない新しい価値を顧客と一緒に創造していく商品企画者のような動きをするのがコンサルティングセールスです。
日本のBtoB営業では7割がセールス、2割がソリューションセールス、残り1割がコンサルティングセールスという状況だと思います。この7割のセールスの仕事は近い将来AIに代替される可能性があります。
──日本の営業の7割がセールスにあたるというのは衝撃的ですね。なぜ、こうした状況になってしまったのでしょうか。
日本のメーカーがプロダクトアウト型で発展してきた歴史が大きいと思います。これまでは「良いモノをつくれば売れる」という考え方が強く、顧客の課題解決を起点とする営業スタイルが育ちにくかったのです。
結果として、メーカーの中に優秀な営業が育たず、営業という仕事自体を「つらい」「楽しくない」と感じる人が増えてしまった。ソリューションセールスができれば、本当は楽しい仕事のはずなんです。営業が楽しくないと感じる人が多いのは、それだけ多くの人がセールスの領域に留まっているからだと思います。
トップセールスが無意識に実践する「売れるセオリー」
──田尻さんは「トップセールスは再現できる」と述べていますが、売れる営業を育てるためには何が必要でしょうか。
成果を出す営業には、「基本動作」があります。たとえるなら、野球における「打つ、投げる、捕る、走る」に相当するもので、この基本を知らずして成果を出すことはできません。そして、成果を出す営業のセオリーとは、お客様が購買に至るまでの心理プロセスに沿った8つの段階を理解し、実践することです。
まず、すべての土台となるのが信頼関係の構築です。これには、お客様の「①不信を払拭」し、「②信頼の開始」をさせ、さらに「③信頼を深める」という3つの段階があります。この信頼関係がなければ、次の「④ニーズを聴く/ニーズを深める」は成功しません。
営業担当者が「お客様にニーズがなかった」と言うことがありますが、これだけ世の中が変化しているのにニーズがないなんてありえません。ニーズを聞けない理由は2つ。お客様が潜在的なニーズに気づいていないか、「あなたを信頼していないから話したくない」かのどちらかです。
信頼を得て、本当のニーズを把握できると、次の「⑤付加価値プレゼン」に進むことができます。そこから費用対効果を明確にして「⑥意思決定」を促進し、契約後には約束した「⑦価値実現」に努めます。そして最後に、「⑧顧客成功の言語化」をして、次の顧客への提案につなげていくのです。

営業研修でこの8段階のプロセスを伝えると、多くの営業担当者は「初めて聞いた」と言います。一方で、トップセールスにこの話をすると、「これを無意識でやっていました」と言うんです。つまり、この8段階のプロセスこそ、トップセールスが成果を出すために実践している暗黙知そのものだと言えます。
このセオリーを学ぶことで、自分や組織の営業プロセスにどんな抜け漏れがあるのかを客観的に把握し、それを的確に埋めていくことで、誰もが強固な営業の基礎を築くことができるのです。
トップセールスの行動を言語化し「型化」する
──この暗黙知を知っていても、実践するのは簡単ではなさそうです。組織に浸透させるためにどうすれば良いのでしょうか。
「何をやるか」という基礎をしっかりと抑えたうえで、「どうやるか」という「型化」が大切です。トップセールスの行動や考え方を言語化・構造化し、誰でも模倣ができるように「型化」するのです。
──具体的にトップセールスの行動にはどのような共通点があるのでしょうか。
一言でいえば、準備のレベルがまったく違います。ある保険業界のトップセールスは、「営業は準備が99%」とおっしゃっていました。
普通の営業の準備は「次のアポイントで何を話すか」といった目先のことが中心です。しかし、トップセールスは商談の前から「このお客様が商品を導入した1年後にはどう変わっているか」まで具体的に仮説を立てています。お客様の成功までの全プロセスをイメージして、提案に臨んでいるのです。
そこまで徹底して準備をするために以前はものすごく時間がかかっていました。しかし、今はAIを使えば、数時間かかけていた企業研究が30分程度で終わります。
お客様から「そんなに調べてきてくれたんですね」と驚かれるほどの準備をすることこそが、お客様からの信頼を得るための第一歩です。それができれば、お客様のニーズも必要なソリューションも自然と見えてくるはずです。

──こうしたトップセールスの行動を「型化」して、徹底して模倣していくことでスキルアップできるんですね。
そうです。しかし、上手く「型化」ができたとしてもそれが自然に組織に浸透するとは限りません。
最大の障壁は人事制度です。個人の成果だけを評価する制度では、トップセールスは自分のノウハウを共有することにインセンティブを感じません。むしろ、他のメンバーの成績が上がると、自分の評価が相対的に下がるため、貴重な情報を隠す動機が働いてしまいます。
これでは、どれだけ上手く「型化」ができても組織には浸透しません。大切なのは、チームや組織全体の成果が、個人の評価や報酬にきちんと反映される仕組みです。
会社の業績に連動して賞与が決まる制度を導入するなど、個人の成功と組織の成功が連動する風土と制度があってはじめて、知識やノウハウの共有が活発になり、組織全体で強くなる文化が生まれます。
6割の中間層の底上げが営業組織を強くする
──では、組織全体に「型」を浸透させるにはどうしたら良いのでしょうか。
全員を一気に底上げすることは難しいため、研修などを行う際は特に大きな効果が期待できる層からアプローチしていきます。
組織には大きく4つの層があります。トップセールスの「上位2割」、研修で伸びる「中間層(上位)3割」、研修だけでは伸びない「中間層(下位)3割」、変化に適応できない「下位2割」です。
上位2割の人は売上を支える重要な存在である一方、多忙を極め、彼らが異動するとその地域の売上が落ちるため、身動きが取れない状態に陥りがちです。また、微妙な案件を他のメンバーに任せるとクレームにつながるため、結局自分で抱え込んでしまう。
こうした組織の膠着状態を打破するために、まずは「中間層」6割を底上げに着手します。先ほどご紹介した営業の基礎を徹底的に研修で教えると、学んだことをすぐに応用して成長する3割と、伸び悩む3割にわかれます。
次に、成長した3割に、これまで上位2割のトップセールスが抱えていた案件の一部を任せます。これにより、トップセールスはより付加価値の高い業務や組織のための「型化」に集中できます。
研修だけで伸び悩む下位3割には、トップセールスがつくった「型」を用いてロールプレイングで徹底的にトレーニングします。
このように段階的に組織のレベルを引き上げていくと、成長を促す文化が醸成されます。残念ながら、自分から変わろうとしない下位2割については、リーダーが積極的に時間を割く必要はありません。

──このアプローチでどのくらい営業組織が強化されるのでしょうか。カクシンでの支援事例を教えてください。
たとえば、連結売上1兆円超のSIer企業様のケースでは、当社の研修で営業の「基礎」をインストールしたことで目に見える成果が出ました。以前は受注までに平均5回かかっていたアポイントが、2.5回に半減したのです。さらに、提案の質が向上したことで平均単価も40万円から120万円へと3倍になりました。
なぜ、このようなことが起きたのか。それは、営業のやり方が「お客様の要望を聞く」スタイルから、「専門家として最適な解を提案する」スタイルに変わったからです。
以前は、ITに詳しくないお客様の要望に一つひとつ応えようとして話が長期化していました。しかし、営業自身が「型」を持つことで、2回ほどの面談で「貴社の場合はまずここから始めましょう」と最適な導入プランを提示できるようになったのです。
また、売上約8000億円超の切削工具メーカー様のケースでは、営業の価値観そのものが変わるという変革が起きました。以前は自社製品の優れた機能や、導入によるコストダウン効果ばかりを訴求していました。
しかし、研修後は、「この機械を導入すればお客様の生産量が増え、最終製品の売上がこれだけ向上します」という、より大きな付加価値で提案できるようになったのです。結果として、現場の営業担当者から「この新商品はもっと高く売れます」という声が、自発的に上がるようになったと聞いています。
──大きな変化ですね。SalesforceのようなCRM、営業支援ツールは「型」を社内に浸透させるために、どのように役立ちますか。
SalesforceのようなCRM/SFAは、「型」を組織に定着させるうえで必須のツールです。「型」通りに行っているかを管理し、課題を見つけ出すために欠かせません。
しかし、多くの企業では「型化」がないまま導入してしまっているため、SFAが単なる活動入力ツールになっています。これではせっかくの機能を使いこなせず、「使われないダッシュボード」が量産されるだけになってしまいます。
SFAの真価は、トップセールスの勝ち筋を逆算して設計した「型」を、フェーズ管理機能に落とし込むことで発揮されます。これにより、各営業担当者が今どの段階にいて、次に何をすべきかが明確になり、組織全体のボトルネックも可視化されます。
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なぜSalesforceを活用すると、組織の売上と業務効率が向上するのでしょうか。このガイドでは、売上向上・業務効率化をもたらす仕組みと立場別のメリットについて、具体的に解説します。


AI時代に選ばれるのは、お客様の成功に貢献できる営業
──今後さらにAIが進化したとき、営業にはどんな資質が求められるのでしょうか。また、これからの時代の営業はどうなっていくと思いますか。
私は5年以内に、顧客側に「購買エージェントAI」が登場すると考えています。売る側にAIエージェントがあるように、買う側にもAIエージェントがつく。単純に価格や機能で選ぶ購買はAIエージェント同士の商談で完結するでしょう。そうなると、セールスと呼ばれてきた領域では人の営業担当の出番はなくなります。
では、人間の営業の役割は何か。AIを使いこなし、知識やスキルを拡張するのは、もはや大前提です。そのうえで、お客様に「この人と一緒に未来をつくりたい」と選ばれるほどの、深い信頼関係を築くことが不可欠になります。これは、ソリューションセールス、あるいはそれ以上の領域で求められる価値です。
忘れてはならないのは、お客様が購入に至るまでには信頼、ニーズ、価値、意思決定の要素が必要で、それは今後も変わらないということ。
変化しているのは、そのプロセスを支援するツールや手法です。だからこそ、テクノロジーの進化によって、営業の本質がより純粋な形で問われるようになるのです。
私は、営業の本質とはお客様の成功を心から願い、その実現に貢献することにあると思います。テクノロジーを味方につけてお客様と向き合う時間を最大化し、「あなたのおかげで成功できた」と言われる喜びを、ぜひ味わってほしいです。
取材・執筆:野垣映二(ベリーマン)、執筆:村上佳代、撮影:幡手龍二、編集:木村剛士
AIエージェントで営業チームを強化する5つの方法
営業で使えるAIエージェントの活用法を、具体的なシーンとともにご紹介します。
・ 自動で見込み客をナーチャリング!営業へのアポ取得まで実施
・ 複雑な見積もりも自動で作成 など
