

チームのメンバー全員がそれぞれ自分のスキルを持ち込み、独立して作業しながら、共通の目標を達成するために常に最新情報を共有する――これが、マルチエージェントシステム(MAS)の背景にある基本的な考え方です。MASは、1つのAIですべてのタスクを処理するのではなく、複数のAIエージェントを連携させ、コラボレーションと情報共有を行い、最終的によりスマートな意思決定をもたらします。
このアプローチにより、多くの業種で変革が起きています。サプライチェーンの最適化から、自律型車両フリートの管理、金融取引の強化まで、MASは効率性と適応性の両方の課題への取り組みを支援します。以下では、マルチエージェントシステムの仕組み、ベストプラクティス、そして利点について説明します。
シングルエージェントシステムについて
マルチエージェントシステムを理解する前に、まずシングルエージェントシステムの仕組みを理解しておくと役立ちます。AIエージェントは、人間の手を借りずに、顧客からの問い合わせを理解し、対応するAIシステムです。このようなAIエージェントは、情報を収集すると、その情報に応じて特定の目標を達成するためのアクションを実行します。
受け取ったサービスリクエストを管理し、緊急度に応じてタスクの優先順位を決定し、レコードの更新またはフォローアップのスケジュール設定といったアクションを実行するAIエージェントを思い浮かべてください。決められたスクリプトに従うのではなく、リアルタイムデータを使用してコンテキストに応じた意思決定を行います。
このようなAIエージェントは高機能ですが、インサイトを共有したり問題を解決したりするために他のAIエージェントと連携することはありません。
マルチエージェントシステムとは?
マルチエージェントシステムは、単一のAIですべてを処理するのではなく、問題を解決するために複数のインテリジェントなAIエージェントを連携させ、コラボレーションをさせるという異なるアプローチを取ります。AIエージェントは共有環境の中で機能し、情報を交換し、協力して意思決定を行います。その結果、単一のAIより複雑なタスクを適切に処理できる効率的なシステムが実現します。
マルチエージェントシステムは、すべての意思決定権限を1か所に集約するのではなく、複数のエンティティ間でインテリジェンスを共有します。AIエージェントはそれぞれの目標と意思決定プロセスを持ちながら、まるでアリの群れが協力し合って巣を作るように、連携して機能します。
マルチエージェントシステムの特徴
MASが従来のエージェント型AIと異なるのは、AIエージェント同士の相互作用の方法、そして協調によって、単独では得られない高度なインテリジェンスを引き出す仕組みです。AIエージェントがより高度に成熟すると、システムは複数のAIエージェントがチームとして連携し、さまざまな業務プロセスにわたって成果を生み出すことを支援するようになります。
マルチエージェントシステムは以下のように定義されます。
- 自律性:AIエージェントはそれぞれ独自のスコープ内で独立して動作します。データを収集して処理し、中央の権限に確認することなく行動します。
- 協調:AIエージェントは常に同期しています。最新情報を共有し、タスクを引き継ぎ、他のAIエージェントの行動にもとづいて計画を調整します。
- 相互運用性:成熟したMASは、A2AやMCPなどの標準化されたプロトコルをサポートしているため、AIエージェントは、基盤の機能が異なっていても、相互に理解できます。
- 拡張性:システムの拡張が必要な場合は、AIエージェントを追加するだけで済みます。MASアーキテクチャにより、すべてをゼロから書き直すことなく、システムを容易に拡張できます。
- 分業化:AIエージェントはそれぞれ特定の目的のために作られています。たとえば、あるAIエージェントはスケジュール設定を担当し、別のAIエージェントはサポートケースを解決します。このようなAIエージェントが連携し、協調して機能するネットワークを形成し、より大きな課題に取り組むことができます。
これらの特性により、MASは急速に変化する環境において、どのAIエージェントも単独では対応できないような場面で特に力を発揮します。AIエージェントエコシステムが成熟するにつれて、MASは次のレベルのAIオーケストレーションのモデルになります。
シングルエージェントシステムとマルチエージェントシステムの比較:主な違い
シングルエージェントシステムとマルチエージェントシステムの最大の違いは、意思決定の仕組みです。シングルエージェントシステムは単独で機能します。データを収集して処理し、独自のルールにもとづいてアクションを実行します。この仕組みは、緊急度にもとづいてサポートチケットを振り分けたり、パーソナライズされた顧客宛てのメールを作成したりするような、簡単なタスクに適しています。
しかし、1つのシステムが単独で処理できないような大きな問題もあります。MASは、1つのAIエージェントが単独で作業するのではなく、チームとして、リアルタイムでコミュニケーションを取り、タスクを共有し、適応します。
また、MASは拡張性にも優れています。シングルエージェントシステムでは、速度が低下する前に処理できるデータは限られていますが、MASは必要に応じて新しいAIエージェントを追加できます。そのため、AIエージェント開発の次の段階はマルチエージェントの協調に向けられており、最終的にカスタマーサポート、スケジューリング、注文フルフィルメントなど、さまざまなドメインにわたるコラボレーションを目指しています。もちろん、AIエージェントが増えると複雑さが増しますが、適切な構造があれば、MASはすべてをスムーズに実行し続けることができます。
マルチエージェントシステムの利点
マルチエージェントシステムには、シングルエージェントの仕組みではできないこと、つまり分担して問題を解決する能力があります。MASは特定の役割をさまざまなAIエージェントに振り分けることで、複雑なタスクをより柔軟に処理できます。AIエージェントは情報を渡すことも、別のAIエージェントが中断したところから作業を引き継ぐこともできます。
このような協調は、特に組織がさまざまなドメインにわたる自動化を目指す中で、より応答性の高いシステムの可能性を広げます。
モジュール性と拡張性
マルチエージェントシステムの最大の強みの1つは、拡張性にあります。AIエージェントはそれぞれ独立して動作するため、システムに過大な負荷をかけることなく、新しいAIエージェントを追加できます。そのため、MASは物流など、需要が変動する業種に最適です。新しい変数やタスクが出現するたびにシステム全体を再設計するのではなく、AIエージェントを追加するだけでワークロードを分担できます。
タスクの連鎖とAIエージェントの引き継ぎ
MASでは、あらゆる問題を共同で解決するかわりに、AIエージェントが別のAIエージェントにタスクを引き継ぐシーケンスを設計することができます。たとえば、空港に到着したとき、旅行アシスタントのAIエージェントが配車サービス(ライドシェア)のAIエージェントに車を予約するよう促すことが可能です。AIエージェントは、それぞれの専門分野に専念しながら、相互に連携することでシームレスなエクスペリエンスを提供します。
適応性の向上
現実の世界は予測不可能ですが、MASのAIエージェントは新しい情報や予期しない中断にもとづいて行動を調整できます。これらの業種では、意思決定を迅速に行う必要があり、状況は常に変化しています。
マルチエージェントシステムにおけるAIエージェントの協調の仕組み
マルチエージェントシステムでは、AIエージェントが単に並列に動作するだけでは不十分です。タスクの引き継ぎ、コンテキストの共有、より広範な結果に向けた協力などを通じてAIエージェントが協調する必要があります。そのような協調が、単なるツールの寄せ集めと完全に機能するMASとの分岐点です。
AIエージェントのエコシステムの成熟とともに、協調がどのように変化するかを見ていきましょう。
連鎖とオーケストレーション
各AIエージェントは、商品に関する質問への回答やフォローアップの開始など、特定の目的のために設計されています。しかし、これらのAIエージェントがタスクを互いに引き継ぐことができれば、真のオーケストレーションを実現できます。あるAIエージェントがタスクを完了し、コンテキストと勢いを維持しながら、次のAIエージェントにバトンを渡します。
たとえば、社員研修では、セットアップエージェントがサービスを有効化し、ウェルカムエージェントにパーソナライズされたメールを送信するように合図します。そして、ウェルカムエージェントは、対象ユーザーに合わせたリソースを提供するようトレーニングエージェントに通知します。このように、AIエージェントはそれぞれ独立して動作しながら、互いに同期しているのです。
共有メモリとコンテキスト
AIエージェントが適切に連携するには、関連性の高いコンテキストを保持して共有する必要があります。それがなければ、やり取りのたびにコンテキストがリセットされます。AIエージェントの設計が進むにつれて、システムはメモリをサポートするように進化しています。これより、あるAIエージェントが作業を終えた後も、別のAIエージェントが作業を引き継ぎ、前のAIエージェントの判断を調整することができます。
こうして、多くの異なる部分で動いているにもかかわらず、「システム」全体として一貫性を感じられる、よりシームレスなエクスペリエンスが実現します。
協力のためのプロトコル
AIエージェントの協調は、情報交換の方法が共有されていなければ実現しません。そこで登場するのが相互運用性プロトコルです。相互運用性プロトコルは、AIエージェントが互いにコミュニケーションを取り、コンテキストを共有し、タスクをスムーズに引き継ぐために必要な構造を提供します。
Salesforceは、マルチエージェントの協調のために設計された次の2つの主要プロトコルをサポートしています。
- モデルコンテキストプロトコル(MCP)は、AIエージェントがより広範なタスクを認識するのに役立ちます。このプロトコルにより、コンテキスト(ユーザーインテント、それまでのステップ、システム状態など)をAIエージェント間で確実に引き継ぐことができます。
- エージェント間(A2A)プロトコルは、AIエージェントがリアルタイムの最新情報やタスクリクエストを相互に送信して、中央のシステムに依存することなくコラボレーションすることを可能にします。
これらのプロトコルにより、AIエージェントネットワークの拡張が容易になり、AIエージェントはそれぞれの役割に専念しながら、より大きなつながりのあるエクスペリエンスの創出に貢献できます。
マルチエージェントシステムの開発における課題
マルチエージェントシステムには多くの期待が寄せられていますが、その可能性の実現は1つの重要な要素にかかっています。それが相互運用性です。AIエージェントが連携するには、コンテキストを維持しながらコミュニケーションとタスクを引き継ぐ方法が共有されている必要があります。それがなければ、それぞれのAIエージェントは孤立して動作することになります。
今日のMAS開発における最大のハードルの1つは、一貫した基準がないことです。多くのAIエージェントは、それぞれ異なるフレームワーク、言語、あるいは動作に関する前提にもとづいて作られています。このような基盤の違いにより、AIエージェントを共有エコシステムに接続したり、効果的に連携させたりすることが困難になっています。
MCPやA2Aなどのプロトコルは、AIエージェント間のやり取りのための共通の基盤を構築することで、この問題を解決しています。しかし、普及には時間がかかります。そして、AIエージェントの開発者が最初から相互運用性を念頭に置くかどうかにかかっています。
MASが主流になるにつれて、標準化に向けた取り組みの強化が期待されます。それが、AIエージェントがその作成者に関係なく、より広範で、協調的なシステムの一部として動作できるようにする唯一の方法です。
マルチエージェントシステム導入のベストプラクティス
オーケストレーションが完全なMASを初日から立ち上げる必要はありません。個別のAIエージェントからスタートして徐々に積み上げ、時間をかけて協調を拡大していきます。
MASのロールアウトは、次のように進める必要があります。
- 小規模で集中的なスタート:反復可能なタスクを処理するAIエージェントから着手します。明確な目標と限られた適用範囲を設定することで、AIエージェントのテストと改善が容易になります。
- 共有プロトコルの使用:MCPやA2Aなどの相互運用性標準を早期に導入します。AIエージェントをまだ連携させていない場合でも、共通プロトコルを使用することで、その後のオーケストレーションをよりスムーズに行うことができます。
- 継続的な改善:AIエージェントのネットワークを拡大していく中で、フィードバックとアナリティクスによって行動を改善します。AIエージェントエコシステムは、学習を重ね、つながりを深めるほど、よりスマートになります。
これらの各ステップにより、複数のインテリジェントなAIエージェントが連携してより迅速でスマートな結果を提供するマルチエージェントシステムに近づけることができます。
マルチエージェントシステム(MAS)に関するよくある質問
マルチエージェントシステム(MAS)は、複数のインテリジェントなAIエージェントから構成される計算システムであり、それぞれのAIエージェントが特定の能力と目標を持って連携し、コラボレーションを通じて複雑な問題を解決します。
MASのAIエージェントは、コミュニケーションプロトコルを通じてやり取りを行うことで、情報を共有し、タスクのネゴシエーションを行い、全体または個々の目標を達成するために協調的なアクションを実行します。
複雑なタスクの課題への対応力、システムの堅牢性と障害耐性、優れた拡張性、それぞれのAIエージェントの専門性を生かせる点などがあります。
サプライチェーンの最適化、スマートグリッド、交通管理、スウォームロボティクス、金融取引、複雑なカスタマーサービスエコシステムなどがあります。
タスクは、それぞれのAIエージェントの能力や現在の作業負荷、システム全体の目的に応じて配分されます。多くの場合に、ネゴシエーションや動的割り当てが伴います。
効果的なコミュニケーションプロトコルの設計、AIエージェント間の協調と協力の確保、潜在的な競合の管理、システム全体のパフォーマンスの評価などがあります。
マルチエージェントシステムにおける調整メカニズムは、複数の自律型エージェントが効果的に連携し、そのやり取りを管理し、共通または個々の目標を達成できるようにする方法またはプロトコルです。調整メカニズムには、ネゴシエーション、オークションベースの割り当て、集中型プランニングなどの手法が含まれます。これらの手法は、AIエージェントがアクションを同期し、競合を解決し、全体的なパフォーマンスを最適化するのに役立ちます。これらのメカニズムは、AIエージェントがシステム内で一貫性を保ちながら効率的に動作する上で不可欠です。